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イエティはヒグマに非ず ― ヒマラヤ視察最終報告

※7.バン・ジャンクリ

西洋の民俗学者として、ネパールにおける独自のシャーマニズム研究を行うラリー・G・ピーターズ博士は、イエティの起源について、ユニークな推測を行っている。氏によれば、イエティの起源は、ジャンクリ(※)の師である森の精霊「バン・ジャンクリ(ban jhankri)」であるという。

氏はその理由として、数々の逸話の中で、しばしイエティが千里眼や、治癒能力といったシャーマン的能力を有していると伝えられていること、また、ネパールの農村部に古くから存在する、イエティにまつわるある言い伝えを例にを挙げている。その言い伝えとは日本のナマハゲよろしく、「子供が悪いことをするとイエティがさらいにくる」というものである。そして氏によれば、このバン・ジャンクリにも同様に、シャーマン的素質を持った子供達を捕まえ、森に連れ去って教育を施すといった逸話/事実があるという(氏は実際にその著書の中で、かつて森に連れ去られ、教えを施された経験を持つシャーマンのインタビューを幾つか記している)。

またこのバン・ジャンクリについては、私自身、幾人かのシェルパからも話を聞いたが、彼らが実際的に意味しているものが何なのか、例によって今ひとつ掴みかねた。彼らによれば、大筋においてはピーター氏が示すものと同じことを語ったが、ある者はそれを実際的な動物と人間の中間であるとし(しかし熊や猿ではないという)、昔はたまに見かけたとも言うし、ある者は精霊であって見ることは出来ないとも語っていた。

しかしまたある者の話では、かつてクーンブ地方などには、実際的に森の中で生活しているシャーマンの師とも言うべき山人がいたとも話しており、そうした人々が実際にバン・ジャンクリのイメージを作った可能性は高いと思われる。またピーター氏の本に記されたバン・ジャンクリによる誘拐エピソードを見ると、それが妄想的な体験であるとは到底思えない。ピーター氏自身も、それが人間であるとも動物であるとも語ってはいないが(それはおそらくシャーマン達だけの秘密である)、例えばある女性は連れ去られてレイプされた上で、教えを施されたとか、生々しい話がつづられている。

またこのバン・ジャンクリにもメス(女性)が存在し、それはバン・ジャンクリニ(ban jhankrini)と呼ばれるという。そしてバン・ジャンクリが精霊であり、人は襲わない(食べない)のに対し、バン・ジャンクリニは肉食でどう猛であるといった特徴で伝えられている。従って、これもまた確かに先に挙げたイエティ、ミティの区別、そしてチベットの民族起源を彷彿とさせるものではある。しかし現在、ジャンクリはシェルパに限らず、ネパール全土に存在することから、個人的な見解としては、直接的な起源となったのはやはり、チベットに伝わる民族起源の伝承が最初であり、これはむしろその逸話の影響下にあるのではないかと思われる。

しかしまた、氏が指摘するとおり、ネパールにおいてイエティが様々な超常的能力を持つといった逸話が伝えられているのは事実であり、やはり、そこから見てもイエティの起源が単なるヒグマだけに留まらないことを示唆していると言えるのではないだろうか。

※「ジャンクリ」というのは、今でもネパールの都市部をのぞいた農村部やカトマンドゥ・バレーに少なからず存在する、シャーマン達の事である。特にカトマンドゥの北部、東部などに多いタマン族の地域では、これらジャンクリ達が数多く活躍している。「バン・ジャンクリ」とは、ネパール語で、それぞれ、ジャンクリ=シャーマン、バン=森を意味する。即ち、直訳するならば、森のシャーマンということになる。


参考:Amazon.co.uk: The Yeti: Spirit of Himalayan Forest Shamans


※8.ヒマラヤの伝承・西洋の合理的理解

今回のチベット=ネパール視察の後記として総括するならば、これら西洋におけるイエティ伝説伝播の一連のパターンは、先のシャンバラ伝説のパターンと、ほぼ相似形をなすものにも思えた。即ち、元々ヒマラヤ周辺に住む人々(特にチベット系民族)の宗教上、あるいは民話上の伝承的概念が、帝国主義という時代背景のもとで訪れた西洋人の一方的な誤訳、齟齬によって実体性を帯び、それがヒマラヤという厳しく、それ自体神話的な環境に支えられて補足される。そして、主に西洋人による性急な<科学的調査>、あるいは緻密な<現地探検>の結果、それは時に齟齬に基づく更なる伝説を拡大生産しつつも、結局最後は啓蒙主義的、合理的解釈によって否定されるという筋道である。これはイエティ、シャンバラ伝説の西洋への伝播、流行と収束時期(一九世紀初頭~二〇世紀半ば)がほとんどパラレルである事からも伺え、またそれらの伝説が帝国主義時代に一気に開花した背景としては、チベットという国の歴史的な閉鎖性、孤立性が指摘できる。

参考:X51.ORG : 謎の地下王国シャンバラは"実在"するか ― 視察チベット編

ただし公正を期すために言えば、無論、これらの問題は、決して彼ら西洋の人々のせいだけだとは言い切れるものではない。例えば上述のイエティの頭皮問題を例に見ても、それに関わる現地の人々が、好奇心と大金を手に訪れた西洋人を相手に、時に彼らを<喜ばすように>嘘をついたことは、おそらく否定しがたい事実だと思われるからである(それは現在のクムジュン村における、イエティの頭皮に添えられた安易な英語キャプションに端的に示されている)。つまり、これらイエティやシャンバラの問題は共に、西洋(調査者)と東洋(当事者)、彼等の小さな誤解、齟齬から始まり、それが西洋=調査者側の好奇心、そして現地=当事者側の金銭的な利害と相まって新たな伝説を生み、ヒマラヤという世界最大の秘境に支えられて、相互作用的に広まっていった問題であるように思えてならない。

また付言するならば、このようにして、いつしか調査者(或いはその部分としてのメディア)自身さえも伝説の形成の一助を成すこと:即ち<調査者>と<当事者>の間で、無意識的にせよ、意識的にせよ、共同作業的に偶像を形成していくプロセスが不可避的に発生することは、先の<ゴリラ像>カード問題を指摘するまでもなく、多くのUMAや民間伝承の調査においてしばし現代でさえ見られるものである。そしてそれが時間(世代)を経るうち、いつしか調査者の言さえ、<真実>のうちに取り込まれることは、シャンバラ伝説における数々の誤情報を例に取るまでもなく、ままあることだと言える(簡単に言えば、例え調査者自身が良心的であろうと、その見解自体が、結果として元の話に尾ヒレをつけていくということである。そして時に、それらの<分解作業>はもはや現地視察よりも難儀である)。

それは言うまでもなく、結局のところあらゆる論考において情報の選択は常に恣意的もしくは断片的にならざるを得ないからであり、その論ずるところが、特にこれらUMAといった<一次情報自体が微妙>な問題となった場合、調査者自身の思考や行動に基づく引用、取捨選択する情報から生まれる影響は凡そ計り知れないものとなるからに他ならない(またこれこそが<キバヤシ的>或いは、<ノビー的>連鎖反応を生みだす主因である)。従って、その意味において、本項は、はじめに述べた通り全くの主観的、個人的な論考であり、(こういっては元も子もないが)その意味で根深氏の論考やその他あまたの雪男関連書物とて必ずしも例外ではない事には、こうした問題を解読する上で、しかし、常に留意しなければならないことであるとも言える。

sol_khumbu.jpgしかしまた、今回、視察にあたって様々な形でお世話になった、少なからぬシェルパの人々は、皆、あらゆる意味で尊敬すべき人々であった事はやはり強調しておきたい。特にクーンブ地方(写真)においては、彼らシェルパが村と村を結ぶ一般的な物流から、海外登山隊のサポート(一定以上の標高の山にアタックする登山隊はシェルパを雇う事がネパールの法律で義務づけられている)、そして一般登山客のガイド、果ては荷物持ちに至るまで、凡そヒマラヤにおける全ての仕事を彼らが一手に担っている。それ故、登山中には実に多くのシェルパとすれ違うことになるが、たいした装備もなしに(時には裸足の者さえいる)、4、50kg以上の荷物を背負い、平地民族ならばすぐに肩で息する標高3千メートル超の険しい極寒の山道を、毎日数十kmに渡って黙々と上っていく彼らの肉体的、精神的な強さは、それ自体まさに驚嘆すべきものであった。

そしてともすれば、ヒグマなどではなく、或いは西洋人が見たシェルパ達の姿が、雪山の中を黙々と歩いていく屈強なイエティ像 ― その伝説の嚆矢となったのではないかとさえ、思わずにはいられなかったのである。


というわけで以上をもちまして、中間報告時の予想に反していささか長くなりましたが、視察最終報告とし、アジア・ヒマラヤ大陸視察の締めくくりとさせて頂きます。今回の視察においては、当初、アジア大陸を鋭くコンパクトに横断し、古代核戦争の傷跡であるモヘンジョ・ダロなどを視察した後、最終的にはトルコでアララト山を登ってくるはずだったわけですが、インドのテロやパキスタンの地震といった緊急事態、そしてシャンバラ、そしてこの雪男についての視察で余りにも多くの時間を割いてしまったため、当初予定していた視察の半分程度しか進む事が出来ませんでした。よって、これらはまた来年以降のテーマとして持ち越したいと思います(行かないかもしれません)。

また最後になりますが、視察の間、様々な興味深い情報をメールで送っていただいた方々や、現地でお世話になった方々、そして休止中にも関わらずサイトにリンクしていただいた方々や、アクセスして頂いた皆様に、改めてお礼申し上げます。

ありがとうございました。


【関連】

- 今回のアジア視察写真など

- X51.ORG : イエティに関する諸考察 ― 視察番外編
- X51.ORG : 「仏陀の化身」不食で瞑想を続ける少年 ネパール ― 視察番外編
- X51.ORG : 謎の地下王国シャンバラは"実在"するか ― 視察チベット編
- X51.ORG : アジア大陸・ヒマラヤ観光旅行記(視察中間報告)
- X51.ORG : アジア大陸・ヒマラヤ緊急視察のお知らせ


【関連:過去の視察】

2004 : 南米エスタンジア視察

- X51.ORG : 南米大陸・ディストリクトX緊急視察のお知らせ
- X51.ORG : 危険な南米視察→ただの観光旅行に(視察中間報告)
- X51.ORG : エスタンジア視察最終報告 - 「20世紀最後の真実」の真実とは
- X51.ORG : 16年間、空港で暮らす男がついに搭乗ゲートへ - 視察番外編


2003 : 北米エリア51視察

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