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イエティに関する諸考察 ― 視察番外編

yeti_iceman.jpgイエティについて考えた時、しばし発見される<物的証拠>が、その実、往々にして何らかの野生動物のものであることから、その正体は熊や猿、オラウータンなどであると推測されることは実に多い。しかし、無視出来ぬ問題とは即ち、先の論考でも述べた通り、シェルパにおけるその神話性にあると言えるのではないか。そして先の論考においては、特にチベット、シェルパの文化からその神話性と起源について考察を行ったが、或いはまたその神話性を支える背景として、かつて実在した、或いは実際に起きた<奇抜な何か>が存在したと考えるのは、決して不自然なことではないはずである。そこで、以下本項においては、イエティの正体について、これまでに行われている中でも特にユニークな、幾つかの推測を挙げる。また今回、北米を代表するUMA学者として著名なローレン・コールマン氏による見解を伺い、本項末に掲載したので、併せてご覧頂きたい(写真はミネソタ・アイスマン。1960年代、「シベリアで数千年前に氷漬けにされた類人猿」として米国で展示され、科学者の間で大きな話題を呼んだ。が、実はただの精巧な作りものだった)。

1.高山病による幻覚説

sol_khumbu2.jpgこれは一見すると冗談にも思えるが、実際のところ、高山病が進行し、肺水腫、肺脳腫といった症状を起こすと、その重度段階では、激しい耳鳴りや幻視といった症状が起こることは広く知られている。また例え明確な症状がなくとも、低酸素状態による目眩などは高地において誰でもしばし感じるものである。更に例えばメスナーや、ヒラリー、テンジンといった、いずれも世界の名だたる登山家達に限って、そのサミット時にイエティを目撃したと証言するのは、全くの偶然だと言い切れるものではないかもしれない(また他の目撃例や、物的証拠の撮影も軒並み標高5000mオーバー地点が多い)。またシェルパの伝承においても、イエティが決して低地(3000-4000m)でなく、ヒマラヤの最高地(6000m超)に住むと言われるのも、これらの推測を確かに補足しうるものではある。


2.奇形者起源説

yeti_jojo.jpg時に奇形者の姿が人々に目撃され、その見慣れぬ外形への畏れ、或いは因果論的推測から、彼等の肉体が神話性を帯びて、「怪物」の起源となる現象は、歴史的に、世界中どこでも見られることである(古くは古代ギリシャ、メソポタミア文明にさえ見られる)。例えば特に中世(特に17世紀、啓蒙主義時代以前のフランス)の文献や、かの「ジョン・マンデヴィルの探検記(※)」にも、現代では奇形として扱われるべき症状を持つ数多くの人間が、文字通り「怪物」として描かれている。そしてイエティに関して言えば、同様の理由から、例えば多毛症や四肢変形といった奇形者の存在(に対する周囲の誤解)を、その起源として見る研究者も決して少なくない。またしばし、それらの特徴を持った人々が、雪男や猿人間、人と猿のあいの子、などと呼ばれて見せ物とされていたことは、何も遠い昔の話ではない(写真は18世紀ロシアの有名な"フリークス"。犬顔と呼ばれた)。

※現在ではジョン・マンデヴィルなる人物の実在、そしてその旅が本当のものであるかどうかは、疑わしいとされるのは周知の通りである。しかし、そこに示される「怪物」の挿絵は、実在した奇形者をモチーフにしたものであることは明白である。

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yeti_deformity.jpgまた1951年に撮影されたかの有名な「雪男の足跡」写真について、撮影者シプトンの同行者であったマイケル・ウォードは、最近になって、ユニークな考察を行っている。それら雪男の足跡が、実際には奇形化したシェルパの足によって作られたのではないかというものである。その理由として、ウォードは、まず幾人かのシェルパが、しばし標高数千メートルの雪原の中を平気で裸足で歩いていくという言わば超人的な能力を持つことを挙げ、らい病(ハンセン病)や遺伝性の病気によって足指が肥大変形し、それがあの特徴的な巨大類人猿風の足跡を作ったのではないかと推測している。またウォードは、彼等のサミットに参加した、一部裸足シェルパの足を調査したところ、雪原の中を長時間歩いても全く温度が低下せず、凍傷を起こさないといった調査結果を述べている。

- Everest 1951: the footprints attributed to the Yeti--myth and reality(PubMed)

シェルパが裸足で登山する姿は、今回、私も実際に目撃したが、そのことに限らず、登山時に発揮される彼等の肉体的、精神的な強さは、平地民族からすればそれ自体ただただ驚異であると言える。それ故、先の論考末にも述べた通り、外部者にとっては彼等シェルパの姿が、幾多のイエティ目撃事件の正体となりえたとしても、何ら不思議はないと思ったのはまた事実である。

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3.類人猿説

実在としてのイエティを考える時、やはり、そのイメージにぴったりと当てはまるのは、巨大類人猿の姿である。そしてローレン氏も指摘するように、今日でも少なからぬ研究者が、時にダーウィニズム(進化論)におけるミッシング・リンクを根拠に、イエティとは、未知の類人猿なのではないかという推測を行っている。また特にイエティが目撃され、その存在を巡って議論が始められたのは、20世紀半ばである。その頃と言えば、後にギガントピテクスと呼ばれる大型化石類人猿の大臼歯が香港の薬種屋で発見され(1931年。元は中国南部のもので、竜骨と呼ばれて売られていた)、またメガントロプスの顎骨がジャワ島で発掘されるなど、人類祖先巨人説が流行した時期である事は、イエティ伝説の隆盛と決して無関係ではないはずである。


モノ・グランデ

yeti_mono_grande.jpg一方、これら科学者らによる発見もさることながら、世界中で、探検家による「未知の類人猿」遭遇事件が相次いだのもまた、この時期である事は見逃せない。中でも特に有名なのは、やはりまず、ベネズエラの野人(通称モノ・グランデ)である。モノ・グランデとは、1917-1920年頃、スイスの地質学者フランシス・ド・ロイによってベネズエラ=コロンビア国境付近のジャングルで撮影された生物である。ロイによれば、その日、川の側で休んでいると、突然ジャングルの中から木の枝を持った二匹の生物が襲いかかって来たため、ロイらは銃で応戦。そして仕留めた一匹がこの写真の生物であるという(もう一匹は逃亡した。また写真の生物は死体であるため、首を枝で支えて座らされている)。その後1929年になり、ロイの友人が写真を雑誌に掲載し、「アメランスロポイデス・ロイシ」なる新種として公表したところ、野人ではないかとして、大きな話題を呼んだ。しかしその後、科学者の側から批判が成され、現在では「クモテナガザル」の一種として結論されている。


中国の野人

yeti_yajin_hand.jpgまた他で有名なものと言えば、中国の野人伝説が挙げられる。中国では、元々古来より各地に野人伝説が存在するが、中でも有名なものは、やはり湖北省神農架の野人伝説である。特に1930年頃から農民らの報告が相次ぎ、1940年代には科学者らもその姿を目撃、報告して話題を呼ぶと、1957年には衝撃的な野人射殺事件が発生した(現地では野人は「人熊」と呼ばれた)。そしてその際、死体からは手足が切断され、後にそれは野人存在の決定打とされた(写真)。しかし1980年には周国興氏が調査を行い、解析によってそれが霊長類のものであることは認めながらも、おそらくは野人ではなく、大型のマカーク(猿)のものであると結論したという(しかし同地域においてマカークが存在するかどうか疑わしいことは、周氏も認めている。周氏は現在では北京自然博物館の福館長も務め、精力的に野人研究を続けている)。

yeti_yajin.jpgまた相次ぐ報を受け、中国科学院も、1976年、1980年と大規模な調査を決行し、とうとう野人を発見することは出来なかったが、目撃は今なお絶えず、伝説は現在進行形で続いているようである。他にも中国では、例えば1980年代、「野人の子供」なる人間の映像もテレビ放映(写真)され、話題を呼んだが、これはおそらく”野性的な環境で暮らしている小頭症の人間”、もしくは小頭症の人間を使ったヤラセではないかと思われる(小頭症患者の多くは精神障害、発育障害が併発する。しかしいずれにせよ、ここでもフリークスの神話化が行われていると言える)。また他にも世界各地においてこれら類人猿型生物の目撃談はほとんど枚挙に暇がない(オーストラリアのヨウィー、北米のビッグフット、更には日本のヒバゴンなど)。しかし、そのいずれも目撃談、噂だけが独り歩きしたまま、いまだ実体を得てはいないというのが実情であると言える。

【参考】『人民中国』伝説と自然が彩る 神農架より

・・・神農架の「野人」については、早くも三千年前の古籍の中にすでに記載されている。清代に著された『房県誌』には「房山ハ高険ニシテ幽遠ナリ。石洞ハ房ノ如シ。毛人多ク、ソノ長ハ丈(約3メートル)ニ余ル。遍ク体ニ毛ヲ生ジ、時ニ出デテ、人、鶏、犬ヲ噛ム……」と記されている。房山は今日の神農架地区で、1925年から42年までの17年間に、房県では「野人」を生け捕りにしたり、打ち殺したりした事件がたびたび発生したという。生け捕りにされた後、縛られて街頭にさらされた「野人」もいたという。


4.古生物学者ローレン・コールマン氏の見解

今回の視察にあたっては、古生物学者であり、北米を代表するUMA研究者(海外ではCryptzoologist)として世界的に名の知られるローレン・コールマン氏に、情報提供の面で、お世話になった。そして締めくくりとして、ローレン氏にイエティに対する簡単な解説をお願いしたところ、快諾を頂いたので以下に掲載する。ローレン氏はこれまで膨大な数のUMA、生物学関係の書籍を出版し、英米などにおける現地調査を始め、各地で講演を行うなど精力的な活動を展開している人物である(またローレン氏はいつか日本でもUMAについてカンファレンスなどを開催したいとのことなので、もし興味のある方は、是非、ローレン氏かこのサイト宛にでもご連絡ください)。


以下、ローレン氏のイエティに対する見解

日本、欧州、そして米国における忌まわしき雪男(イエティ)の懐疑論者や否定論者達は、イエティの種類を全ていたずらに混同し、そのまま誤用し続けることで、しばし本当のイエティ像について誤解を与える結果さえ招いている。一体、イエティとは何か?その正体は熊なのか?狼なのか?オラウータンなのか?神話的生物なのか?それとも未知の類人猿なのか?議論は今だ続いているのである(イエティという言葉はシェルパ語の"Yeh-teh"、即ち"あれ["that thing"]"からきたものである)。

しかしいずれにせよ、その目撃例や足跡といった物的証拠について言えば、それはありきたりな動物の何かではないようではある。それは一体何故か。それらの主とされるイエティは、決して何か一つの動物ではないからだ。真相はその言葉によって隠されてこそいるが、実際には、時に様々な霊長類がイエティとして認識されているといえる。日本や米国の登山家達は、巨大な類人猿的動物の目撃談に魅了され、それに関係しそうな足形を収集し続けている。また目撃情報はその地域に暮らすシェルパからも報告されている。そしてそれら目撃情報の中から共通したものについて、研究者はこれまで例えば二つか三つの動物を区別している。

一つは、メテ[Meh-teh]である(註:ミティ[mi dred]ではない)。動物学者のエドワード・クロニンは1972年の科学的調査において、動物のものらしき足跡を発見した。また動物の目撃者の証言とは、要約すると次のようなものである。

「その体はずんぐりとしており、猿のような姿で、熊というよりは、はっきりと人間の特徴に似ていた。身長は160cm程で、赤褐色と黒の、太短い毛で覆われていた。腰の辺りには白い斑点があり、肩のあたりに長い毛があった。顔つきは力強く、口も歯は大きいが、牙は見られなかった。頭は円錐形で、肩は丸く垂れ下がり、長い腕は膝にまで達していた。尻尾は見られなかった。」

もう一つはズテ[Dzu-teh]である。"大物"を意味し、これもイエティのひとつとして報告されたが、おそらく未知種の大型熊である。そしてこれこそが、あのラインハルト・メスナーが見たと主張した動物であり、その通り、メテやイエティに関係した物的証拠類は、いずれも猿よりも熊に近いと言われている。

そして三つ目は、テマ[teh-lma]と呼ばれるもので、未知の類人猿に関係した生物であると言われ、これは東南アジアで報告されている。バトゥトゥト(Batutut)とも呼ばれる。

またかつてチベット仏教寺院に存在したパンボチェ・イエティ・ハンド ― そしてそれは1950年代、西洋の研究者によって、盗難された ― の分析が行われている。その時、人類学者のジョージ・アゴジーニョが作家のガードナー・ソウレに語った話によれば、それは幾らか"巨大な類人猿の特徴"を持つものであったという。また皮膚を解析した結果、その血液は人間のものでも、霊長類のものでもなかった。しかし残念ながら、これら手や皮膚は今では行方不明となっているのである。

またこのようにイエティを未知の類人猿と見る考え方は、保守派では小型の菜食猿説、中道派ではパランスロプスの生き残り、過激派になるとギガントピテクス現存説といったように、様々な理論がある。しかしいずれにせよ、その実体が発見されるまで ― 多くの未知生物がそうであるように ― それは謎のままであろう。

ローレン・コールマン

【関連サイト】

- Cryptomundo.com for Bigfoot, Loch Ness, and More
- The Cryptozoologist: Cryptozoology

- Boing Boing: Loren Coleman profile
- Salon People | Loren Coleman, Loch Ness snowman of cryptozoology
- Amazon.co.jp:The Cryptozoology A to Z

※ローレン氏は2003年夏、続出したUMAに感極まり、サマー・オブ・ラブに準えて、「今年の夏はサマー・オブ・UMA」という素敵な宣言を行った人物でもある。


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