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音で世界を"視る"少年 米

ben_underwood1.jpg【AOL】盲目の少年、ベン・アンダーウッドがまだ5年生の頃である。クラスメイトでいたずら好きの少年が、ベンをからかおうと、面白半分にその顔を殴った。するとベンは、いつものように舌打ちを始めた。「舌を鳴らしながら、彼を追いかけました。そして彼を捕まえて、一発お見舞いしてやったんです。」現在14歳になるベンは言う。「彼はまさか僕が追いかけてくるだなんて思っていなかったでしょう。でも僕は壁や、停車している車、そういう何もかもが聞こえるんです。このゲームならば僕は誰にも負けません。」しかしこんなエピソードは、ベンにとって何ら珍しいものではない。彼を知る人は皆、彼が盲目であることなどまるで信じられないという。毎日友人らと共に外で遊び、キックボールやスケートボードを楽しむベンの姿は、確かに、その年頃の普通の子供たちと何ら変わることがないからである。ただ一点、その間中、ベンが常に舌打ちをし続けているという点を除いてー。

ベンは2歳の時、網膜ガンに侵され、両目を摘出して視力を失った(現在、彼は両目に義眼を入れている)。しかしその後、ベンは失われた視力を補うべく、ある特異な能力を身に付けた。それは継続的に舌打ちをし、口から発する音のエコー(反響音)によって、まるで世界を視るように物体の外形や距離を掴むというものである。まるで指ならしのように大きな音を立てるその舌打ちを通じて、ベンは周囲の物体の特質さえ掴む事が出来るという。例えばエコーが柔らかい場合は金属質の物体、深みがある場合は木質の物体、鋭い場合はガラス質の物体というようにである。そして更にその音の大小により、物体までの距離をほぼ正確に把握するのだ。

反響定位 - エコーロケーション

ベンのこの卓越した能力は、通常、反響定位(エコーロケーション)と呼ばれ、一般にはコウモリやイルカといった動物特有の能力として知られている。盲目者専門の心理学者として反響定位技術を指導するダン・キッシュ氏は次のように語る。「彼の技術は全く希有なものです。彼は人間の知覚能力の限界を超えているんです。」キッシュ氏によれば、これまでこの反響定位技術の教育を受けた盲目者は数多く、しかし実際に身に付けたものはほんの数人であるという。そしてその中でも、飛び抜けた能力を示すベンが、これほどまでにこの反響定位技術を発達させた理由は、彼の母親の教育姿勢にあると、キッシュ博士は推測している。

「私は常に、彼にこう言ってきました。"あなたの名前はベンジャミン・アンダーウッド。あなたは何だって出来るのよ。あなたが望むならば、飛行機を操縦することだって学べるはずだわ"。」ベン君の母親、アクアネッタ・ゴードン(42)はそう語る。

そしてその言葉通り、ベンは日々、クラスメイトと共にバスケットボールや乗馬、ダンスを楽しみ、更には、プレイステーションのゲームさえ ー ゲーム内の音の特徴を記憶することで ー 楽々とこなしてしまうのである。「人はいつも、僕に君は孤独かと聞いてきますが、全くそんなことは感じません。いつも誰かが側にいますし、携帯電話で友達と話すことだって出来るんです。目で見えないからといって、目が見える人と、大きな違いはないんです。」

ベンに初めて点字を教えた教師、バーバラ・ハッセ氏は、ベンが視力を持っていた二歳頃までの視覚情報が、その後"物理的世界の地図"を形成するのに役立ったと分析している。そしてまた、ベンの成長を支えたのは他でもない彼の家族であるという(彼には三人の兄弟がいるが、父親は2002年に亡くなっている)。「家族がみんなで彼に色々と教えてあげたんです。例えば服を着るときにはまず服の右側の縫い目を探してそこに腕を入れるというようにです。」母親のアクアネッタは語る。「でも決して過保護にし過ぎないように注意してきました。」

そしてアクアネッタは自身の教育哲学に基づき、ベンを普通の学校へ進学させた。そこでは専門家が彼にアドバイスをし、例えばクラスメイトが彼の目の前に手をかざしてふざけたり、食べ物をくすねたりといったようないたずらするならば、決して相手にしないことを教えたという。「僕にとって一番受け入れがたいことは、拒絶されることです。誰かが僕のことを拒絶すると、それが分かってしまうんです。」ベンは言う。そしてまた家庭に帰ると、母親はベンに何ら"盲目"故の行動制限を与えることはない。「例えば彼が転ぶと、母親はなんのこともない様子で、"あらまあ転んだわ"なんて言うわけです。そして彼が起き上がって、もう一度挑戦するのを見守るんです。一度なんか私は彼が全速力で走ってレンガにぶつかって、起き上がるのを見ました。彼は怖いもの知らずなんです。」ベンの幼稚園時代を知るアン・アキヤマ氏はそう語っている。

3歳のとき、ベンは初めて点字を教わり、同時に反響定位の技術を一人で学び始めた。彼は自分の側にあるものを投げて落とし、物を探すという行動を始めたのだ。そしてそれを可能にしたベンの聴覚は、確かにズバ抜けたものだったという。ベンの言語教師、カリ・クラヴァルホ氏は次のように語る。「あるとき、彼の机の上からCDが落ちたんです。私がそれを拾おうとすると、彼は"大丈夫、自分で拾うよ"と言うわけです。彼はまっすぐそのCDに向かって行きました。探すというわけではなく、彼はどこに何が落ちたかを正確に聞き分けていたんです。」

その後、ベン君は(点字の教師)ハッセ氏の補助のもと、物を音で聞き分ける訓練を開始した。「例えば彼にこんなテストをしたんです。まず、私が彼に対してこう言いました。"私の車はこの通りの中で、3番目に停車してるわ。そこに着いたら教えてちょうだい。"そして一台目の車の側を通りすぎると、彼は言うんです。"いま一台目の車があったね。トラックだった。"そして確かに、それはピックアップ型の車だったんです。つまり、彼は物体の違いさえ聞き分けることが出来るんです。」

6歳になったとき、ベンは外を歩くのに杖(彼はスティックと呼ぶ)を使うことをやめた。「学校に行って、スティックなんか持っているのは僕だけでした。そんなのを見た他の子供が、真っ先に何をすると思いますか?二つに折られちゃうんです。すると僕は、自分がどこにいるかも分からない。こんなことはうんざりでした。」そう語るベンは、時にその能力を生かして、人を助けることさえあるのだという。「こんなことがありました。私の子供と、従姉妹を連れて出かけたときのことです。私たちは車を駐車場のどこかに止めたんですが、帰ってきたときにはあたりは真っ暗で、車がどこにあるかさっぱり分からなくなってしまったんです。でもそんなとき、一緒にいたベンだけが、駐車場のレイアウトを把握して、私たちを迷い無く車まで連れていってくれたんです。その時、ベンはまだ小学生でした。」アキヤマ氏は語る。

ben_underwood2.jpg現在、ベンが最も愛する場所は、家族と共にくつろぐ彼の家庭である。彼の家は静かな通りに囲まれており、そこで彼は耳を澄ませて生活することが出来るのだ。しかしベンをよく知る専門家はまた、ベンがあまりにも反響定位技術に頼りすぎることに幾ばくかの懸念を抱いているという。例えば彼の家のように、その技術が十分に生かせる場所ならばともかく、反響定位が約に立たない場所に行った場合、彼の身は危険に晒されてしまうからである。例えば穴の深さは反響定位だけでは分からない場合もあるという。それゆえ、ハッセ氏はベン君に杖を使うことも進めているが、ベンは杖を使うことをかたくなに拒否している。「彼はまるで、反抗する旅人です。」そう語るキッシュ氏は元来、反響定位を盲目者に指導する専門家である。しかし場合によっては、杖を使うことの必要性も十分に認識しているのだ。「彼は自分自身を危険に晒しているんです。」

しかし一方、別の専門家はベンのこの驚くべき能力が、今後彼が直面するであろう新たな環境、そして様々な難局を乗り切る助けになるはずであると話している。「彼のような子供にとって、世界は変化するものではありません。彼らがそれに順応していかなければならないんです。彼の母親は目が見えるにも関わらず不幸な人生を送っている人々がいることも、そして目が見えなくとも幸福な人生を送っている人々がいることも十分に理解しているんです。」ベンの眼科医、ジェームス・ルーベン氏はそう語っている。

イルカの声

ben_underwood3.jpgそして最近、ベンは自らの可能性を切りひらく、新たな挑戦を開始した。「僕が一番怖いのは水です。でももし僕に目があったのならば、一番見てみたいものもまた、水なんです。」先月25日、ベンはサンディエゴの水族館へと向かい、そこでイルカと共に泳ぐという貴重な体験をしたのである。それは単に水への恐怖を克服するだけでなく、言わば反響定位のプロフェッショナルたるイルカに接し、彼らがいかに音をたて、反響定位を用いているかを知るための体験だった。「ねえ、聞いてよ。彼女の舌打ちの早いこと!」ベンははしゃいで言う。そしてベンは45分間に渡ってイルカのサンディと泳ぎ、サンディの歯やヒレの感触を確かめた。同水族館のイルカ専門家、ボブ・マクマイン氏によれば、氏の23年間のキャリアにおいても、イルカの立てる音を聞き分けることが出来る人は本当にごくわずかであったという。「彼はイルカに似た、天賦の才があったんでしょう。本当に特別なことです。私は彼に"もし君が18歳になったら、いつでもここで働くことが出来るよ"と言いました。」

ベンの視覚世界は、確かに暗闇なのかもしれない。しかしその驚くべき聴覚は、彼の世界を鮮やかに縁取るのである。ベンは将来、数学の教師、あるいはプロ・スケートボーダーになりたいと話している。しかしそれさえもまた、彼の可能性のほんの一部にしか過ぎず、母親が信じるように、彼が本当に望むならば、何にだってなれるのかもしれない。「僕は自分が盲目だとは決して言いません。ただ、見えないだけなんです。」ベンはそう語っている。


【参考】ドルフィンスイミング / イルカ・クジラの超音波交信
- F.E.R.C イルカに人間を癒す力はあるのか?

イルカやクジラは、水中音響信号の伝搬特性をうまく利用し、広い帯域の鳴音と聴覚を駆使している。人間の開発してきた、魚群探知機や海洋音響トモグラフィーなどの利用周波数帯域は、共通の設計者がいるがごとく、イルカのソナーやクジラの鳴音によく似ている。しかし、音波の継続時間や変調方式は互いに異なっている。一言でその違いを述べれば、人間のつくった装置は、周波数空間で物事を処理するが、イルカやクジラは、振幅情報を積極的に利用し、広帯域で非定常な信号処理に長けている。こうした水中生物の交信手法を知ることが、まったく新しい技術の端緒をもたらすと考えている。


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