【DailyMail/etc】ホメオパシー(同毒療法・同種療法)とは18世紀、既存の薬物中心治療に対する形で提唱された自然の鉱物、植物などを用いる代替医療の一種である。その療法とは、例えばある病を患う人間に、その疾病と同じ症状を引き起こす物質を極少量与えることで治療を行うものであり、それはまさに毒を以て毒を制す、いわば逆説的な治療方法であるとも言われている。そして現在、英国などを中心に、このホメオパシーは一連の代替療法の先端を行くものとして、その支持者、実践者が徐々に増加しつつあるという。しかし、ともすれば危険にも思えるこれら同毒療法に果たして本当に治療効果があるのかどうか、その効用を巡っては医師とその実践者の間では未だ議論が続けられているのである。
報告によれば、現在、英国ではおよそ47万人のホメオパシー実践者が存在するとされている。事実、例えば大きい薬局に行けば、その陳列棚には必ずARNICA(アルニカ),NUX(ホミカ),VOMICA(同種),PULSATILLA(オキナグサ),rhus tox(ウルシ毒)といったレメディ(ホメオパシーにおいて用いられる物質の総称)を見つけることが出来る程、一般的な医療方法として浸透しつつある。また英国の女王陛下やデヴィッド・ベッカムなどをはじめ、著名人や文化人にも、その愛好者は多いと言われている。
近現代において行われるこれらホメオパシーは18世紀のドイツの医師サミュエル・ハーネマンをその祖としている。ハーネマンは元々医師として従来的な医療に従事していたが、ある時期からそうした既存医療に疑問を感抱き、ホメオパシーの研究を始めたといわれる。ハーネマンは1755年4月10日、メイッセンの貧しい中流家庭に生まれた。まだ幼い頃、ハーネマンは"可能な限りの知識を得る"ことを決意し、十代の終わり頃には八カ国語に堪能であったという。そしてその後、医学への興味を持ちはじめ、1779年、エルランゲンで医師の資格をを取得した。
しかしその後、ハーネマンの興味は既知の医学から徐々に離れて代替療法へと向かい、瀉血法の実践やヒ素、水銀といった毒物の調合に感心を示すようになる。そして医師資格取得から11年後の1790年にはもはや従来的な医師の仕事を放棄し、独自の研究による"毒を以て毒を制す"理論に基づいた本格的なホメオパシー研究を始めたと言われる。
ハーネマンの初期の研究においては、まずキニーネを用いた実験が行われた。キニーネはそれまでにも、伝統的にマラリアの治療に有効であるとされてきたが、その理由は実践者をもって定かではなく、ただキニーネが"苦く"、"渋い"という曖昧な理由に基づいて用いられていた。
その点に注目したハーネマンは、まずキニーネの実際的な効用を確かめるべく、自分自身で摂取してみることにした。そして結果、身体が健康な状態でキニーネを摂取した場合、それがマラリアと非常によく似た症状を引き起こすことを発見し、同毒治療の基礎的なコンセプトを掴んだと言われている。
その後ハーネマンは様々なレメディを自分自身や家族、友人らを動員して実験を続けた。彼は被験者らにそれぞれベラドンナやカンフル、アコニットなどの薬草を与え、どういった症状が身体に現れるかを調査し続けたのである。そして1796年、ハーネマンはそれらの研究をもとに、ホメオパシー理論を体系化し、世界に向けて発表した。
ハーネマンの理論においては、ホメオパシーはまず、二つの大きな原理に基づいている。まず第一の原理は、類似である。ハーネマンはこの原理の説明として、ひどい二日酔いの際に別種の酒を飲むこと(いわゆる迎え酒)を行うこと - 即ち類似した"毒"をあえて再び用いること - で、身体が酔いから解放されることを例示している(無論、この迎え酒自体は決して治療ではないことをハーネマンは前置いている)。しかしこのデモンストレーションは、ホメオパシー理論の可能性を示唆するものとして大きな反響を呼んだという。
そして第二の原理とは、希釈である。ハーネマンはこの原理について、レメディは原成分を希釈すれば希釈するほど、治療効果が高まると説明している。即ち、レメディの中に原成分が一分子さえも存在しないほどによく希釈し、震盪させることが最も高い効果を発揮し、この希釈と震盪のPotentisasion(活性化)と呼ばれるプロセスを徹底すること - 例えば海に一滴の滴を落とすような状態が最も理想的な状態としている - によって、レメディは最も高い効果を発揮すると主張しているのである。
しかし現在に至るまで、科学者らが最も疑問視しているのがこの「希釈」というコンセプトである。何故なら、例えば百歩譲ってホメオパシーにおけるレメディが、何らかの治療効果を発揮するとした場合、それは原成分が体内で引き起こす何らかの化学反応によるものであると考えることは出来る。しかし、ハーネマンが主張するのはむしろ全く逆の方法 - それを徹底的に希釈せよ、と彼は主張したのである。原成分の一分子さえ含まないほどに希釈された場合、それがどうして治療効果を発揮すると言えるのだろうか?こうした疑問が起こるのは当然だと言えるだろう。
そしてこの疑問に対する答えは、後のホメオパス(ホメオパシーの実践者)らにより現在まで様々な説が提唱されているが、未だ確たる理論はない(しかしまた、少なくともハーネマン自身が何らその答えを用意していないことは確かである。何故なら、ハーネマンがホメオパシーを作り上げたのは1810年、まだ分子の存在が発見される以前の話だからだ)。
しかしいずれにせよ、ハーネマンの紹介したこの画期的な代替治療は、当時、大きな支持を得たという。レメディはそれまでの既存医療において用いられてきた医薬品と異なり、患者の身体に優しく、ほとんど害毒がなかったからである。
そして1811年、ハーネマンは家族とともに、ライプツィヒに移住した。ハーネマンはそこで大学の講師を務め、一時は順風満帆な生活を送ったかに見えた。しかしその後、ハーネマンの名声がいよいよ高まると、周囲からは妬みを含んだ批判の声が上がり、法廷の命により、彼はレメディを配布することを禁止された。そして1821年、ハーネマンは追われるようにしてケーテンに移り住み、そこで再びもてる時間を全て費やしてホメオパシーの研究に没頭した。そしてその頃には彼の名声は全国に響き、レメディを求めて、多くの人々が遠くから彼のもとを訪ねるようになっていたという。
しかしまた、そこでも相変わらずハーネマンに対する批判、あるいは誹謗中傷は続き、やがて嫌気がさした彼は、そのころから外の世界と隔絶しはじめる。その結果、盛り上がりを見せたホメオパシーは中心不在のまま一人歩きして広まり、やがていくつもの分派が生まれ、今日に至る。
今日、英国には大きく分けて二種類のホメオパスが存在している。まず一つは正式な医師の資格を取得したホメオパスたちであり、もう一つはそうした正規の医師資格を持たぬ代わりに数年に渡ってホメオパシーの原理を研究し、独自にそれらを習得したホメオパスたちである。そして当然、後者は前者よりも圧倒的に数が多く、前者は英国ではおよそ2000人程度であると言われる。
また現在、英国ではホメオパシーに対するNHS(英国国民健康保険)の適用が認められており、また英国王家のサポートを受けるホメオパシー病院も5つ程存在している。NHSによる保険適用の議論が初めて成されたのは1948年である。その年、政府は"患者がホメオパシーを望み、かつ医師がそれ提供する限り"、ホメオパシーに保険が適用されることを認可したという。
しかしその後も、従来的な医療に携わる医師らからはホメオパシーの実効性については依然と疑問の声が上がり続けている。そしてそうした批判が聞かれるたび、ホメオパス達は、"レメディに薬学的な薬品と同等の効果は望めないが、原成分に含まれる「エネルギー」が活性化によって水やその他の液体によって保持され、原成分(の記憶)は維持される"、といった曖昧な答えを返すに留めているのである。
またこの理論を最初に提唱したフランスの生物学者、ジャックス・バンブニストは1980年、ネイチャー誌にこのホメオパシー理論を解説した論文を寄稿し、1988年には、パリの研究所にて開発した超希釈器によって、これまでにない大きな効果を発揮するレメディの開発に成功したことを発表した。しかしその後、ネイチャー編集部で組織された研究チームによって、バンブニストの説を確かめる実験が行われたが、実験は失敗に終わり、バンブニストの主張はひとまず否定された形となり、やはりホメオパシーは単なるプラシーボ効果の一種に過ぎない、と結論されたのである。
しかし昨年、再びバンブニスト博士の理論を元に、四カ国同時の実験が行われることになった。実験ではそれぞれの研究室において、ヒスタミンを超希釈する装置が用いられ、ホメオパシーの効果が測定されたという(ヒスタミンとは皮膚から発生する成分のひとつで、例えば虫などに噛まれた際、白血球から発せられる)。
実験の結果、三つの研究チームは明確な効果を確認出来るほどの驚くべき結果を得たと発表し、残る一つのチームは明確な効果を確認することは出来なかったと発表した。そして2004年8月の炎症研究学会誌に報告されたレポートには、次のように結論されている。"我々が得たこれらの発見について、現在、我々は何ら理論的な説明を与えることが出来ない。"
この結論は意外なものである。もしもこれらの効果が理論的に実証された場合、それはおそらく既存の医療知識では説明できないものとなる。また論文に対する反応として、批判者は実験に何らかのミスがあったのではないかと指摘したが、現在までに結論は出ていない。
また実験を主導したフィリップ・ベロン博士は、もともとはバンブニスト博士の共同研究者である。しかし数年前に研究の方向性から袂を分かち、現在ではフランスのホメオパシー企業ボイロンのもとで"科学的真実を求めるためだけに"研究を進めているという。また英国から参加したマデリーン・エニス博士は英王立大学の喘息治療の専門家として、このホメオパシーについては懐疑的な立場から、"ただそれが間違っていることを証明するためだけ"に参加したと話している。しかし結果は彼女の想像を覆すものだった。「実験した内容についてはもちろん分かっています。ただ、その結果について、私からは何ら説明が出来ないんです。」実験を終えた時、彼女はそう語っている。
またこれらホメオパシーについての研究は他にも数多く行われている。例えば1997年のThe Lancet誌(※英国の医学学会誌)にはおよそ89ものホメオパシー効果を証明する実験についての論文が寄稿され、その中では例えば、ホメオパシーの効果は従来言われるプラシーボ効果の2倍近い実効性を示すことなどが主張されている。
そしてこうした現状を受け、近年には英ヨーク大学のNHS調査センターではホメオパシーの実効性を調査するため、200回以上に渡る実験が行われた。しかしその結果は、ホメオパシー支持者にとって - そして保険適用を認めるNHSにとっても - 再び芳しくないものとなった。2002年3月の報告書では実験の結果が次のように結論されている。
"実験の結果、今後ホメオパシーを用いることが期待されている特定の症状に対して、また現在既にホメオパシーによって治療が行われているいずれについても、十分な実効性があることを確認することは出来なかった。"
また医学会において権威あるパリ医科大学においても、ホメオパシーについての実験が行われたが、やはり同様の結果が示されたという。2004年9月に提出されたその報告書は、ホメオパシーの開業医、そしてその支持者や実践者らをあたかも"ナンセンス"であると嘲り、次のように結論されている。
"ホメオパシーは二世紀も以前、単なる偏見によって思い描かれた、何の医学的根拠もない手法である。異端的に語り継がれた学説が二世紀の年月をかけて、いつしか医学に名を変えたものだろう。"
そして報告書ではそれ以上立ち入った内容については触れていないが、おそらくそれは英国やフランスにおいて、多くのホメオパシー支持者を落胆させるものであったことは間違いがない。
やはりホメオパシーとは単なる幻想に過ぎなかったのだろうか?しかしではなぜ、これ程までにその実効性を否定される医療方法が、二世紀もの時を経てなお、大きな支持を獲得し続けているのだろうか?思いこみに過ぎぬ単なるまじないのごとき民間療法であるならば、わざわざ保険まで適用されることなく、とっくに否定されていて然りなのではないだろうか?これら一連の否定的報告に対し、英国のホメオパシー協会は反論する形で、現在の医療や食物連鎖に含まれる化学薬品、また抗生物質の危険性、そして通常の医療で処方される医薬品の副作用の危険性を訴えている。それはまた、我々人間の生活、そして健康の維持について、再考を促すものであるという。
今から凡そ200年前、サミュエル・ハーネマンは、化学薬品のもつ危険性についていち早く察知していたことは明らかである。そしてその先見は、確かに、今日我々が医療や医薬品に対して抱く不信感を先取りするものだったといえるだろう。
ホメオパシー - 人体そのものの機能に着目し、極僅かな自然成分を用いて行われるその代替療法は、二世紀の時を経て今日なお、数多くの支持者を生み出している。そしてその実効性は未だ定かではないにも関わらず、現代医療に異を唱える人々はホメオパシーを実践し、そして治療を行っているのである。ホメオパシーに用いられるレメディは確かに、今日の化学が生み出した医薬品ほど大きな効果を示すことはない。しかし、それは逆説的に、現代の医薬品がもつもう一つの側面 - 強い効果は強い副作用を同時にもたらす、というしばし忘れらさられる事実を、浮き彫りにしているのではないだろうか。
【参考1】ホメオパシー関連リンク集 | ホメオパシー - Wikipediaより
ホメオパシーが拠り所とする「少量の毒によって健康を増進する」という考え方は、アレルギー治療における減感作療法と共通するものである。減感作療法についてはそれが有効であるということが西洋医学的にも立証されており、またそれが免疫によるというメカニズムの解明が行われている。しかし、ホメオパシーの理論は減感作療法とも異なっているし、上記のホメオパシーの理論は、薬理学的な常識からかけ離れている。
【参考2】日本 ホメオパシー グループ | 日本ホメオパシー振興会より
また 200 年前にイギリスの医師が産褥熱を予防するために手を洗うことを提唱した時にもやはりオカルト扱いされました。病原菌が発見されてから現在まだ100 年余りしか経っていません。当時は手を洗うということと産褥熱の予防とは全く結びつかなかったのです。ですから部屋の前で手を洗うのはまさにオカルト的儀式だというわけです。現代人の目から見ると、当時の人々は何て馬鹿なんだと思ったりするかもしれませんが、はたして私たちは彼らを笑えるでしょうか。
【参考3】アナフィラキシーショックについての資料 | 病気と治癒の調和:ケイシー療法 | プラシーボ(偽薬)効果はなぜ起こるのか―専門家が究明に動く
【参考4】免疫の意味論 | 免疫・「自己」と「非自己」の科学
[X51.ORG] 毒を以て毒を制す - ホメオパシーは人を癒すか ホメオパシーってなんだろうと思ってたとこに記事があったのでメモ。 ただ知りたかった(笑...