古代戦争に見る生物兵器の歴史

【DiscoveryNews】ギリシャ神話に描かれるトロイ戦争で、戦況の明暗を分けるキーアイテムとして毒矢が登場するのはご存知だろうか。バイオテロ、そして生物、化学兵器の起源に関する歴史の研究によれば、この毒矢の使用は歴史上における最初の生物兵器使用のひとつとして考えられるという。「この有名な叙事詩に描かれる聖なる戦いで、誇り高き両軍の戦士たちは自分たちの弓矢を蛇の毒にひたしたのよ。」”Greek Fire, Poison Arrows, and Scorpion Bombs - Biological and Chemical Warfare in the Ancient World(AMAZON)”の著者、米ニュージャージー在住の古典民俗学者AdrienneMayorさんは語った。彼女は今回の著書に当たって実に50を超えるギリシャやラテン文字の古書を研究し、古代における化学兵器、生物兵器がどのように使われていたか - ともするとそれは現代よりも恐ろしい- を暴き出したのである。毒入り蜂蜜、毒汚染水、サソリ爆弾、ガス攻撃、大火災を引き起こす現代のナパーム爆弾にも似た焼夷弾など、それらの兵器は古代戦争において既に広く実戦で使われていたという。それら化学兵器の犠牲者、使用者のリストにはハンニバル、カエサル、アレキサンダー大王といった歴史上のそうそうたる有名人を含むのである。

「こうした武器を最初に使った例として、私たちはヘラクレスを知っているわ。ヘラクレスは紛れもないギリシャ神話の英雄だけれども、彼が9つの頭から毒ガスを吐くヘビの怪物ヒドラを倒した時、彼は弓矢をヒドラの毒に付けて西洋文学最初の毒矢を作成するのよ。（そしてその後、ヘラクレスはその毒矢をフル活用するのである。）」

紀元前700年に著された「イーリアス」（ホメロスが著したとされるトロイ戦争の叙事詩、後にシュリーマンによるトロイの木馬発見のきっかけともなる）は我々に原初の生物兵器戦争についてたくさんの手がかりを与えるという。この書は紀元前1250年頃に起きたとされるギリシャ（アカイア）とトロイの戦争を中心に描いているが、中でも印象的なエピソードとして、ギリシャのメネラーオス王による10年に及ぶトロイの町包囲戦がある。「ホメロスは文中それほど深くは触れていないけど、戦士達が確実に有毒兵器を使ったと読める部分がたくさんあるの。例えばメネラーオス王がトロイからの弓攻撃で怪我を負った際、医師Machaonは慌てて”黒い血”を吸い出すというくだりがあるんだけど、この処方は間違いなくヘビに咬まれた時や毒矢によって怪我を負った際の救急治療でしょう。」

Mayorのこうした見解に対し、今回彼女が参照した「イーリアス」の英語翻訳者であり、プリンストン大学の比較文化学学部長を務めるRobertFagles氏は語る。「私も、こういう生物毒を使った古代の戦争を、生物兵器の起源としてみる事は全く間違っていないと思うよ。例えば、私の好きな例としては、オデュッセウス（弓矢、そして工作の名手、後の「オデュッセイア」の主人公）は、この作品の中でも弓矢を毒にひたしてから使っているね。」

MayorはRobert氏の発言を受けて続ける。「その通り。オデュッセウスは弓矢を植物の毒にひたして使う最初の伝説的な人物なのよ。ホメロスはきちんとオデュッセウスが青銅のヤジリに塗るための致死植物-おそらくはトリカブト-を探すために西ギリシャへ航海するエピソードを描いているのよね。」

彼女によれば、古代世界において、自然の毒素から毒矢を作成していた可能性を裏付ける証拠は多数見出せるという。「少なくとも、２ダース程の種類の有毒植物があったと考えられるね。おそらく一般的だったのはトリカブト、ブラックヘリボー、ヒヨス、毒ニンジン、イチイの実、ベラドンナだったと思うわ。」

またその他にも弓矢や槍に塗るために使われたものとして、毒クラゲ、毒蛙、血液と薬剤を混ぜたもの、虫から取れる毒や、ウニやアカエイの尾などの使われたという。現にオデュッセウスは魔女キルケーに操られた自らの息子のアカエイの毒槍によって殺されることになるのである。

「この研究は今後の生物兵器、化学兵器の歴史研究にとってとても貴重な貢献になると思う。彼女は、有史以前におけるそうした兵器の根源について探り、そしてそれらが実際に使われていた事を確かめたわけだよ。」カリフォルニア大学の生物兵器専門家Davis氏は語った。

【参考】神話への門 | ギリシア神話データベース | THE DEITIES OF GREECE MYTHOLOGY
特殊兵器資料室 | シュリーマンを知っていますか