スナッフ・フィルムの歴史は常にメディアの変遷と共にあった。映画(=フィルム)、テレビ(=ビデオ)、携帯電話(=ムービーとネット・※12)と、その時代を象徴するメディアに合わせ、ぴたりと張り付いた黒い影のように共存してきたのである。遡れば、リュミエール兄弟が映写機を発明した1895年、トーマス・エジソンが製作した<人類最初の劇映画>は、わずか一分足らずの斬首処刑映画であった(The Execution of Mary Stuart )。それからわずか3年後、今度は実際に首吊りで死ぬ男の映像(An Execution by Hanging)が撮影され、同年には象を感電させて殺害する<人類最初のスナッフ>さえ撮影されていたのだ(※13)。まるで映像は、その始まりからして"死"を希求していたかのようでもある。
つまりスナッフ・フィルムは、そもそものはじめから、都市伝説ではなかった、ということも出来る。それは常に存在可能であったし、事実、常に存在してきたとも言えるからである。ただし、それは決して70年代の人々が想像したような、薄暗い密室で撮影され、地下組織を経由する秘密の映像などではなかった。現代を見ても、かつて世間を騒がせた"人の死の瞬間" を納めた映像はもはやテレビにさえありふれているし、"娯楽目的の暴力映像" はティーンエイジャーがネットで販売し、タブーであった"撮影の為の殺人"でさえ、今ではテロリストが難なく世界のお茶の間に無料配信しているのである。
ある日、映写機が死の瞬間が映し出した時のように、突然テレビで自殺が生放送されたときのように、あるいはクリックしたその先に突然斬首映像が現れた時のように、スナッフ・フィルムは余りにも唐突に、しかしその時代の最も自然な形で、人々の前に現前する。そしてそれが現われたとき、人々は -- 常にそうしてきたように -- それを速やかに受け入れるのである。それはメディアそれ自体が突きつける要求であり、人はそれから逃れることが出来ないからだ。
ただしその時、人々が果たしてそれを"スナッフ・フィルム"と呼ぶかどうかは、多分、また別の問題である。エジソンが"スナッフ・フィルム"を写した時代、人々は映像という新たな光の誕生に狂喜こそしても、誰もその影の誕生を告発するものはいなかったように。だからスナッフ・フィルムは今も存在していると言えるし、存在していないとも言える。その瞬間、"それ"がスナッフと呼ばれるかどうかは、見る者それぞれに、委ねられているからである。
※12. 2007年3月には、英国でチャット中にウェブカムの前で首つり自殺を"生中継"した男性もいる。 ほか近年では、『ブリッジ』という飛び降り自殺の名所を定点撮影し続けたドキュメンタリー作品も製作され、物議を醸した(映画内では実際に6人が自殺している)
- British man in webcam 'suicide' | The Register
※13. 1898年、エジソンは当時ライバル関係にあったニコラ・テスラが発明したAC(交流電源)の危険性を示すため、巨大な象を感電死させ、それを映像に納めた。これはエジソンの発明である直流電源(DC)を売り込むためのPR映像であり、人類初のアニマル・スナッフと言える。
【付記1】異星人解剖フィルム - 宇宙時代のモンドとして
80年代後半から90年代半ばにかけ、人間の死を写した"スナッフ映画"が衰退していく中、突如として現われた一本の死体映像が世界の話題をさらった。それは宇宙人の死を描いた衝撃映像である。1995年、英国の音楽プロデューサー、レイ・サンティリがロズウェル事件に関係した元従軍カメラマンなる男性からそのフィルムを"極秘入手"し、FOXテレビやフジテレビを通じて、全世界的に公開した。これは被写体がもはや人間でもなければ、動物でもない、異星人の死を描いたフィルムであり、スナッフ・フィルムとして語ることには当然、違和感がある。
しかし視点を変えてみれば、この映像こそある生物の"死" を生々しく描いたモキュメンタリー(2006年の暴露まではドキュメンタリーであった)であり、それまでのSFXとは一線を画した技術的完成度に支えられたまさに宇宙時代のモンドであった。そしてこれを 20世紀末に誕生した亜種の「死体映像ビジネス」として捉えた場合、その映像が与えた社会的インパクト、そして経済的効果は決して無視できるものではない。
なおこのフィルムを公開したレイ・サンティリは、ねつ造発覚後、「映像の大部分は実在する"本物のフィルム"を参考にした模倣だが、10%は本物の映像が混ざっている」として未だ、ねつ造であることを否定し続けている。この「一部は本物」というサンティリの主張は、"UFO業界" においては比較的目新しいせいか、いまだ多くのUFO研究家がサンティリを擁護している(幾つかの日本のテレビ製作局も、今なおサンティリに映像の買い取りを求めてコンタクトしている)。しかし映画「スナッフ」然り、「食人族」然り、「ギニー・ピッグ」然り、スナッフ・フィルムという文脈から見ると、こうした"一部本物混入"という主張は、モキュメンタリー業界では常套手段であることがわかる。
サンティリがこうしたスナッフ映画にどの程度影響を受けていたかは定かではないが、映像の入手経路の説明、テレビ局への売り込み方や、興行的なあざとさ、発覚後もしぶとくひっぱる姿勢は、実にシャクルトン的であり、フィルム交換時のブラックアウトやフリックを多用したシネマ・ヴェリテ的な映像は「食人族」的でもある。
ちなみにモンド・死体作品を扱った数少ない専門書である『キリング・フォー・カルチャー - 殺しの映像』の著者、デヴィッド・ケレケスは著書の最後で、やはりこの異星人解剖フィルムを新手のスナッフ・フィルムの一種として、(紹介程度に)早速取り上げている。著書はフィルムが公開された数ヶ月後の1996年に刊行されたのもので、その真偽に関する考察は棚上げされていている。しかし、2006年に制作者が名乗りを上げ、ねつ造であることが明らかにされた現状を考えれば、このビデオが世に出るなり、それをいち早く、スナッフ的手法に基づく死体モキュメンタリービジネス映像として位置づけたケレケスの解釈は斬新で、そして正しかったと言える。