【Guardian】この度行われた研究によると、植物は動物などに食べられるといった危険時には近くに生えている植物と連絡を取り合い、更に他の生物に救援を求めるなどといった反応を示す事が明らかになったとのこと。今回の研究はイタリアのトリノ大学、ドイツはイェーナのマックスプランク大学の共同研究団によって行われ、結果、植物は例えば動物や地虫によって食べられそうになった際には敏感にそれらを感知し、反応を示しているという結果が出たという。研究者によれば、植物は身の危険時にラヴェンダーのような臭気を発して、周りの植物に捕食者が近づいているという事を知らせ、更にそうした臭気でスズメバチを呼びよせ、植物に近づく地虫を補食、もしくはその卵に針を刺し殺してもらうことで自信の安全を守るというのである。
また今回の三年間に及ぶ研究では主に米中南部に自生するアオイマメを対象として研究が行われたが、研究者によれば、その他にもトウモロコシやクランベリー、インゲンマメなどでも同様の結果が得られたと話している。
今回の研究結果から得られる最も興味深い問題は、植物がそうした反応を示す際、植物に「恐怖」といったものを感じているのかどうかという点である。
研究者によれば、こうした議論は1996年、ウソ発見器の専門家クリーブ・バックスター博士が植物をウソ発見器に接続した際、植物が反応を示したことがきっかけとなっていると話している。(実験では博士が植物の葉を燃やそうとしたところ、植物が急に反応を示した。)
また今回の研究は今後米植物学会の論文誌に掲載され、今後もしばらく研究を続行する予定であるとのこと。
【参考】植物の知られざる力 クリーブ・バックスターの驚異の実験記録 | 植物は音楽を聞かせると本当によく育つのか? | 花のむらどっとこむ 花とコラム : 植物は考えるより
1958年 ワシントン大学のオリアンズとローズ博士が次のような実験結果を発表。木に大量のケムシが取り付いたとき、木がどうやって生き延びるかを観察するため、 ヤナギやハンの木に約7000匹の害虫をはわせ、この攻撃に木がどんな防衛機能を働かせるかを調べました。 害虫が葉を食い始めると、木はアルカイドやテルピンといった化学物質を生成して、これらの害虫の食欲を減退させ栄養失調にして死に至らしめました。 このとき驚いたことに、近くにいた同種の木が突然、同じような防御反応を示していました。 木々は仲間同士ある種のコミュニケーションを取っているのではないかと考えられています。(中略)このような話をすると、なんだかオカルトっぽくなってしまいますね。
植物が防衛物質を発していると言う説は実は1996年以前にも有りました。
その物質はかなり強力で密閉した空間ならばハエぐらいならば死に至るそうです。
確かフィトンチッドだったかな・・・
植物に意志が有るかどうか、と言うならば私の考えはNoですね。
動物が敵意むけた時に発するなんらかの化学物質に反応して"防衛装置"が鳴る、と考えるのが自然だと思います。
植物に心があるのか?
人間以外の動物に心があるのか?
昆虫にこことはあるのか?
単細胞生物に心はあるのか?
それは、本人に聞いてみないとわからないけど、喋れないのでわからない。
>>4
同じことって?
ベジタリアンって、「動物が可哀想だから」っていう理由で
肉を食べていなかったの?
俺は肉が食べられないからベジタリアンw
>>10
食用の動物を育てるというのは食用の植物を育てるよりもコスト・時間が必要なため、人類が動物を食べなければ食糧問題が解決するという考えでベジタリアンになる人もいるようです。
ドグラ・マグラを読むと解りますが、人間にすら意志があるか解りませんよ。人間が意志と思ってるのは単なる全細胞の意見を多数決しただけ、とか。
実は植物には植物の世界があり、意志の疎通を行っているが
人間がただ気づいてないだけなんだ、と
妄想丸出しのレスをしてみる
元々同じ元素なんだし。
それぞれの信念でいいや。
信じない人は信じない。
信じる人は信じる。
俺は信じるけど。
心の定義がわからん。
心はどのようなものを備えれば
「心」と言えるのだろう。
意識じゃなくてね。
感情の有無は正直今の時点では分からないけど、その意思が持っている概念は人間のものとは完全に異質だろうから意志の疎通は不可能だと思うよ。
つまり人間にとっては無いも同然って事。いくらぶった切っても可哀想なんて思う必要ない。
>>21
また強がっちゃって。
屋久島とか行ってご覧よ。何百年も生きてる木に対して絶対そんな風に思えない。人間の勝手な妄想かもしれないけど、やっぱり畏怖しちゃうよ。
これって「心が有る」とは言わないような。
「心」って、生存活動とは切り離された部分で
反応する何か、だと思うんですけどね。
たとえば恋愛映画で涙を流す。
これは生物の生存とは直接の関係はないですよね。
そういう生存活動に必須ではない神経反応のことを、「心」という
のではないでしょうか。
そういや昔、たけしの番組で殺人事件が起こった部屋に置いてあった植物に装置付けて容疑者と向き合わせたら反応示したとか言ってたぞ。なんかこういうのって浪漫があるし俺は肯定派だな。
>>29
あー、それって良く聞きますよねえ。まあその見解については植物も結局は分子から出来ていて、で、音楽っていうのは結局は音波、振動だから、それが分子の配列に作用するとかどーたらという説明の仕方もあります。
植物に心があるなら、さながら生け花なんてのは曝し首か、生殺しとでも彼等は思ってるんでしょうかね?
>屋久島とかいって
それはそこらの住宅をハンマーでぶっこわすのは面白いけど法隆寺は壊す気になれないのと同じだろ?心云々じゃなくそれが過してきた歴史に圧倒されるんだよ
>>34
ドグラ仲間キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
俺が読んだ小説の中でダントツで好きな作品なんでたぶん損はせんぞw
ちなみに用事そっちのけで2日で読んだ。
>>30
きっとそれは包丁を向けられたから反応したのでは無くて、
人間が野菜を傷つけようとしているその空気を感じ取って野菜が反応しているのだろう、などと投げかけてみる。
「人間含め動物は神経が異常に密集した器官(?)=脳があるから、そこでやり取りされる化学物質の「なにか」が心や魂とかなんかを生んでるのでは?」というのを読んだ事ありますが、マユツバ。化学反応と意識は別のお話と思うので。
こういう研究みてると「わびさび」とか東洋の文化を遠巻きに西洋科学でアプローチしているなぁ・・・と感じます。
ホントは、ガキの頃見たキルリアン写真を思い出した。
臓器を移植された人に、臓器提供者の記憶が移ったという話を昔聞いたことがあります。
臓器に記憶があるなら植物に意識があっても良いとも居ます。
>>14
別にドグラマグラを読んでそう考えるのはよいと思うが、
「ドグラマグラを読めば解るが」という表現はDQ臭いな。
あれに書いてあることは真実決定?
まぁ、人の心の在り方に思いをきたすには十分な作品ではあったが。
>>26
>たとえば恋愛映画で涙を流す。
>これは生物の生存とは直接の関係はないですよね。
結果から見れば関係してると思うんだけどなぁ。
森博嗣的に言えば、心や意思なんてのは、
脳の電気信号のやりとりの際に現れる幻、ってね。
人間に心「みたいな」ものがあるなら、
植物にも虫にもありそうなものだけどね。
俺も森博嗣好きだね━━━(^∇^)でも名大落ちたんだね↓だから今岐大で食料問題の講義うけてるんだね。この講義うけてると植物の心なんて関係ないね。人間生きていくのでいっぱいいっぱいだね。てか人間の心のメカニズムすら解明できてないのに普遍的な心の定義なんか不可能なんだね。だからこういう話は文学部の人に任せるんだね。工学部は寝るんだね。おやすみぃ(-.-)zzzz
↑のつづき
だから、植物の場合、「知覚」はあるし、「記憶」も細胞の成長や状態そのものが記憶の役割を果たせるのでとりあえずあると考えてよいだろう。問題は「意識」。人は寝ると意識を失う。しかし、夢遊病のように行動が出来ないわけではない。植物の場合、一件意識を持っていないように感じられるが、その本当のところは知る術はないのではないだろうか?
私は植物にも意識はあると思います。
然しもし植物に心があるとして、我々とは心の構造そのものが違うと思います。
と言う訳で我々の視点から見れば「心も意識も無い」と言えるでしょう。
#植物に哺乳類の一部のような高度な意識があればそれはそれで「植物保護団体」なる物ができて楽しいことになりそうですが:p
>>40
犯罪者の臓器を使うと、大変なことになるってどっかで聞きました。
サボテンにも霊感があるそうですね。
某漫画巨匠の医学漫画でもありましたけど。
>>2
中学生のときに、 学研の UTAN誌で読んだ覚えがある。
確かとうもろこしとハチの話だったと思う。
95年ぐらいかな?
私も森博嗣さん好きです。”恐怖とは”という定義を明確にする必要がありますよね。”問題となっている個体が自身の危険を察知した時固有の神経に流れるパルス”であるなら恐怖を感じていると考えられますね。
>>20
バクスター効果と言うのですか。30年くらい前に、雑誌かTVで「ついたてで部屋を二つに仕切って片側で生きた海老を熱湯に漬けた瞬間、もう片側においてあったサボテンの電位差が急激に変化した」という話に感動したのを思い出しました。
しかしこういう研究って異端視されるのでしょうね。
人間中心に考えすぎ。まるで、地球は人間中心に
まわっている、とでも勘違いしているかのような。
人間は地球の一部でしかないのに。
やっぱり植物にも感情があるのか・・・?
なんか、キュウリが切られて、悲鳴(弱い電気)をあげているところにトマトがあったりすると、そのキュウリが切られてるのを見たトマトも悲鳴をあげるとかなんとかいうのは聞いたことあっるけどな。
感情はわかりませんが
「記憶」は確実に植物にも出来ます。
ハエトリソウは葉の内側に両側に3本ずつ、計六本の小さな毛が生えていてそれに触れると葉が閉じるという仕組みです。
しかし一回触っただけでは閉じずに二回目で閉じます。これは一回目を何らかの形で「記憶している」のです。
簡単だな、心があるから種を残そうとする、無心な物なら種は増やせない、ただ機械的な種を残す動作だけなら、淘汰されてるね、種の保存のためにさまざまな工夫をしてる姿をみて、心がないなんて思う方が無理がある、心の範囲を思考や意識と混同して考えるから、脳がないから心がないって事になるな。う~ん、おっさんとしては妙にまじめに書いてしもうた。