【NYTIMES/etc】数年前のある日、米ニューヨーク、コロンビア大学の精神医マイケル・ファースト氏のもとに、片足の男が自分で車を運転してやってきた。当初ファースト医師は、男の行動を大したものだと感心したという。"自らのハンディを克服して、片足で自立的に生活しているのだろう"、そう考えたのである。しかしそんな博士の思惑は直後に翻されることになる。男は、その足を事故などで失ったのではなく、自ら望んで切り落としたと医師に告白したのである。そして男は続けた。"もう片方の足も全く健康で問題はないんですが、どうしても切り落としたくて・・・"。
その後、ファースト医師はこの男性の心理状況について調べはじめ、やがてある障害に行き当たった。それは現在、身体完全同一性障害 - B.I.I.D(Body Integrity Identity Disorder)と呼ばれる、健康な人間が四肢切断を望むという全く奇妙なものだったのである。
「これは完全に常軌を逸した行動です。」ファースト医師の目算によれば、現在、世界で数千人程度がこの障害を抱えているという。
ファースト医師はその後、まだ一般的に知られることのないこの症状を巡り、他の心理学者、そして精神科医らとこの症状を定義するべく議論を始めた。そこで博士はこの症状の起源について、またこの症状を一般的な症例として認め、辞典や統計医学書、あるいはD.S.M(米国の精神疾患の診断と統計の手引き)に記すべきかを論じ合ったとしている。
こうした究極的な選択的外科手術 - 健康な身体組織の切断 - は現在、例えば性同一性障害などにおける性転換手術の際や、美容外科整形手術の際には、程度こそ違え、普通に行われているものである。それは例えば第三者から見るならば全く問題のない、鼻や顎を手術によって整形したりといったようにである。しかし先の男性に見られるような積極的な健康な四肢の切断、という症状は、確かに余りにも異常であるように思える。
博士によれば、このB.I.I.Dはしばしば患者による自傷行為 - それは鉄砲やチェーンソーを使って自身の四肢を強引に切断する行為 - となって現れるという。例えば数年前には、こうした症状を原因として、メキシコはティファナにおいてある男性が足の選択的切断手術を行い、傷跡から壊疽して死亡するという事件が発生している。
しかしまた、こうした症状自体は必ずしも現代に始まったものではないという。1977年、ジョン・ホプキンス大学の性科学専門家、ジョン・マネー博士はこうした症状を、四肢切断愛(apotemnophilia;手足が切断されることを望む症状、または手足切断者に性的興奮を覚える症状)と名づけ、すなわち性的倒錯の中に位置づけている(画像は昨今、インターネットなどで出回る擬似的四肢切断愛の画像。当然、その多くは単なる合成写真である)。
そしてまた1997年には、米ニュージャージーのエングルウッド病院医師、リチャード・ブルーノ氏がこの症状を作為的身体欠陥障害(Factitious Disability Disorder)と名づけ、それらを三類型に分類している。
ブルーノ氏の分類は次のようなものである。
1.四肢が切断された人間に対して性的興奮を覚える症状(四肢切断熱愛者)
2.健全であるにも関わらず、松葉杖や車椅子を使い、障害者を演じる症状(四肢切断偽装者)
3.そして三つ目は実際に自らの四肢を切断したいと願う症状(四肢切断信奉者)
そしてブルーノ医師の分類に当てはめるならば、先にあげたような四肢切断を望む人々は第三型に分類されると言える。
また2000年、かつてマネー医師と共に共同研究を行ったニューヨークの小児心理学者グレッグ・ファース博士は、こうした四肢切断欲求についての本を記し、その中でこれらの症状を四肢切断同一性障害(amputee identity disorder)と名づけている。そしてまた博士は著書において自身の経験=博士は子供の頃から、右足の膝下を切断したいという思いを抱いていたことを告白し、実際に四肢切断へと向かうその顛末を記している。
著書の中で、ファース医師は、まずこれまで実際に選択的四肢切断手術を行っていたという人物、スコットランドに住むロバート・スミス医師を探し出し、四肢切断を行うことを求めて面会した。ロバート氏は博士の取材に対し、これまで実際に二人の足を切断したこと、そしてファース医師の要求に対しては、まず二人以上の精神科医のカウンセリングを受けることを条件に、その足を切断することに同意したのである。そしてファース医師はいよいよ待望の四肢切断への切符を手にしたが、しかし同年、ロバート氏の勤めるファルカークロイヤル病院では、そうした選択的四肢切断手術を行うことが禁止されてしまった。そしてファース医師はとうとうその四肢を切断するという思いを果たすことは出来なかったのである。
現在、これらの症状はファースト医師の医学誌中の論文で始めて身体完全同一性障害(B.I.I.D)と命名され、論文において、博士はこうした症状を持つ52人に電話調査を行ったところ、そのうちの9人が既に四肢のうちいずれかを切断し、また残りの部分を早く切断したいと熱望していることが明らかになったと記している。
また博士は論文において、これらの症状を性的倒錯や精神病、身体醜形障害(body dysmorphic disorder)と区別するためにB.I.I.Dと命名し、またその障害は性同一性障害に類似していることを指摘している。
「初めて性転換手術が行われるようになったのは1950年代のことです。これは自発的な身体の切断という新たな種類の恐怖を発生させることになりました。その中で、外科医は自身に問いかけるわけです。"いかなる心持ちで、これらの手術を全く健康な人に対して行うことが出来るのか?"そしてこのジレンマは、おそらく現在、四肢切断を問われる外科医も同じでしょう。」
しかしまた、博士はこの二つの症状の類似は当然完全なものではないと指摘している。
「性転換手術は、例えば誰かが男から女になるといったものです。それは事前事後、状態としてはどちらも正常なものです。しかし、完全に四肢を供えた人間の四肢をあえて切断することは、そう簡単な話ではありません。これはもはや普通の人には到底理解できない状況でしょう。」
米オクスフォード大学のデヴィッド・スピーゲル博士はこの点について、B.I.I.Dと身体醜形障害、また神経性無食欲症(anorexia nervosa)との類似性を指摘している。「このB.I.I.Dの患者は明らかに自己の身体について、誤った認識を抱いているのです。これは私にとって少なからず神経性無食欲症を思い出させるものでした。これら症状の患者は、自分の身体が明らかにそうでないにも関わらず、ものすごく太っていると錯覚するからです。」(写真は神経性無無食欲症状の重症患者のもの)
また現在、このB.I.I.Dが一体どのような起源によるものであるのか、また如何なる治療法が有効であるのかは明らかでない。ワシントン医療センターのマイク・ベンスラー博士らは2003年の医学論文において、それらの原因を性的なものと感情的なものによると分析している。博士らの論文によれば、この症状は"性的空想"によるものであるとし、その要素を"四肢を切断し、その後それを乗り越える=即ち四肢切断後の性交"妄想によると記している。
またファースト医師によれば、症状の一つの特徴として、このB.I.I.D患者が非常に特定的に、"自分の四肢のうち何本、そして何処の部分を切断したいか"を把握している事が挙げられるという。そしてそれらの切断候補のうち最も多いのは、左足の膝上からで、逆に全く候補として挙げられないのが手足の指であるとしている。
「膝から離れたところではなく、丁度膝上10cm程のところを切断したがるんです。」
また博士は、彼らにとって、そうした切断の位置は非常に重要な問題であると話している。例えばファースト医師のもとを始めて訪れたB.I.I.Dの患者は、幼い頃から両足を切断したいという欲望を抱き続けていた。そして男性はある日、ショットガンの偶発的事故で左腕を失ったが、驚くべきことに、事故後も全く両足切断への欲求は収まることがなかったというのである。
ファースト氏の最初の調査では、こうした欲求を抱く患者のうち、その半数以上がまだ幼い頃に四肢の切断欲求を抱いていたと話したという。そしてその後、彼らは長年に渡って四肢切断を欲望するようになったというのである。
ファースト氏の最初の患者は、電話インタビューで匿名を条件に次のように答えている。
「別に四肢切断者になりたかったわけではないんです。ただ、足があることに違和感のようなものを感じていただけです。覚えている限りでは、まだ幼いころ、丁度3歳か4歳の頃でしょうか、クロケットの棒を松葉杖のようにして遊んでいたことがあります。その時、私は自分が足を失くした状態になっているのを想像して楽しんでいたんです。また例えばインディアンとカウボーイごっこをして遊ぶときは、私は常に自分が足を負傷した役になりたがっていたんです。」
そして男性は実際に四肢を切断することによってのみ、これらの障害から解放されると主張しているのである。しかしスピーゲル博士は単に患者の望み通り、四肢を切断しただけでは、この症状を治療することは難しいと予測しているという。
「こうした強迫観念や妄想に対して、現在ではまだいかなる答えもありません。」
スピーゲル博士は、既存の精神療法の中に何らかの有効策を見出せるのではないかと指摘している。博士がこの中で特に期待するのは、反応妨害法(responce preventation)、あるいは思考中断法(thought-stopping)と呼ばれる手法である。
「こうした方法を用いて、患者の脳裏に四肢切断の妄想が浮かんだとき、患者がその条件反応を演じることを妨害するわけです。」
しかしファースト医師によれば、氏が受け持つ患者のいずれも、これまでに行われたいかなるセラピーや治療法も彼らの妄想を抑止することはなかったという。そして氏はその原因を、"この障害に最適化された精神療法"が行われなかったこと、もしくはこの障害と関係する強迫観念障害患者に投与されるような"持続性の高い"薬の投与が行われなかったこと等が原因であると指摘し、今後、四肢切断が果たしてこうした患者を救う"最後の手段"として是認されうるものかも検討していくと話している。
一方、こうした障害を抱える患者らに対して、事故や病気などで実際に四肢を失った人々は、まるで呆れた様子を見せている。
「一体何故このような方法で自分の四肢を切断したがるのか、その苦しみを知っている人間ならば理解に苦しむのは当然です。事情によって強制的に四肢を切断しなければならなかった人々は、毎日、人工器官を使うことに大きな問題を抱えているんです。」
四肢切断障害者のサポートグループ会長を務めるパディ・ロスバッハさんはそう語っている。幼い頃に片足を失ったロスバッハさんによれば、事情によって四肢を失った人々は、彼らのようなB.I.I.D患者に対して、怒りすら覚えているという。それは彼らがこうした四肢切断という状況の困難さを余りにも過小に評価しているからである。
ファースト医師は、これら異常な妄想を抱くB.I.I.D患者は、普段は全く"普通の人"ばかりであると話している。「彼らには家族もいますし、普通の仕事をもった、それこそ医師や弁護士、大学教授などといった人々です。従って、これらの妄想を抱く人々を日常の中で見出すことは凡そ不可能でしょう。彼らは普段は全く正常な人々なんですから。」
しかしスピーゲル博士は、"例えば精神病患者のように深刻な精神的問題を抱えた人々が、外見上には普通に見えることは決して珍しくない"と指摘し、次のように話している。
「単に外見だけでは、その内側奥深くに秘められた問題を見出すことはできません。こうした妄想を抱く人々が精神病の検査さえ簡単にパスすることは、全く珍しいことではないんです。彼らは抽象的に物事を考えることが出来ますし、決して混乱しているわけではないんです。従って、普段の生活の中からは、そうした問題が全く見えないことは決して珍しいことではないんです。」
確かに、スピーゲル博士がそう語る通り、現在これらの症状を持つ人々は決して少なくはないのかもしれない。中でもかつて新聞にも取り上げられた以下の事件は、こうした四肢切断熱望者が引き起こした中でも最も有名なものである。
1988年5月、カリフォルニアはサンディエゴの元外科医ジョン・ロナルド・ブラウン(77歳、この医師は20年ほど前に性転換手術の相次ぐ失敗で免許を剥奪されていた)の元にある男が駆け込んだ。フィリップ・ボンディと名乗るその男は、左足を切断して欲しいとして、ブラウン氏のもとを訪れたという。そしてブラウンとボンディはサンディエゴから国境を挟んで程近い、メキシコはティファナに移動し、そこで100万円相当の報酬を受け取って手術を行った。しかし手術は難航し、ブラウンはひとまずボンディをサンディエゴのモーテルに運び、そこに置き去りにしたのである。
そして二日後、ボンディは患部の壊疽によって死亡しているのを発見され、ブラウンは第二級殺人の罪に問われた。公判中、当時の新聞が伝えたところによれば、ボンディは"性的欲求"を満たすために手術を依頼したとされた。そして裁判の結果、1999年10月、ブラウンは有罪とされ、15年の懲役を言い渡されたのである。
この事件は当時、異常を極めるものとされたが、それからしばらく経った現在、もはやボンディの症状は決して彼だけのものではないことが明らかになりつつある。2003年5月、サンダンスチャンネルが放映した"Whole"(メロディ・ギルバート監督)というドキュメンタリ番組においては、ボンディのように四肢切断を熱望する人々が多数紹介され、話題を呼んだ。その中では例えば、フロリダに住むある男性 - 彼は自分の足を銃で打ち抜き、ただちに足を切断するよう医師に懇願した - や、イギリスはリバプールに住む男性 - 同じ理由から自分の足をドライアイスで包み込んだ - などが紹介された。そして特に後者の男性は、そうした四肢切断手術を"身体矯正手術"と呼んでいる。
そして以降、こうした四肢切断というテーマは様々なメディアにモチーフとして扱われるようになる。例えば昨年夏に行われたニューヨークの演劇祭では、受賞作品として"Armless(腕なし)"が公演され、その中ではこうした四肢切断欲求を抱く都市郊外に暮らす中年男性が描かれている。また劇作家のカイル・ジャロウ氏は作品の主題を"グロスと恐怖、笑いと痛みの分水峰を探求すること"であると語っている。
また11月には、CSIのドキュメンタリ番組として、この四肢切断妄想を抱き、チェーンソーで足を切断しようとして大量出血死した男性の逸話が紹介され、また今年2月にも、米ニューヨークのイーストヴィレッジにて公開された"Pretender's Dance(トム・キーフェ監督)"なるショートフィルムでは、コレオグラファーの女性と、四肢切断妄想を抱くその彼氏の物語が描かれているのである。
これまでこうした障害を抱えた患者の足を実際に切断してきた先のロバート・スミス医師は、現在、こうした障害はもはや一般的な障害として認知されるべき問題であり、またNHS(英国の国民健康保険制度)でカバーされるべきであると主張している。
「ヒポクラテスの宣誓(医師の倫理規定)においては、まず患者を害しないことが謳われています。」スミス氏は"Whole"のインタビューにおいてそう語り、次のように続けている。「しかし、本当の害とは、患者が欲する治療を拒否すること、即ち、そうした辛い精神状況を放置しておくことなのではないかと思うわけです。そして患者が治療を望み、幸福を得たいとするのならば、四肢切断さえ行わなければならないのではないか、そう思うのです。」
またスミス氏と共著したファース医師は、今後このB.I.I.DをDSMに掲載するべく、積極的に働きかけていくという。D.S.Mとは米国の精神医科学協会が定める精神病の手引きである(またそれらのリストを元に、精神病患者らに対する、保険適用の可否が判断される)。
またファースト医師は現在、次のDSM編纂に向けて準備を行いながらも、まだこの症状を一般的なものとして掲載するべきかどうか、判断しかねているとしている。現在、これらの症状を研究する人は数少なく、その実態の多くは明らかではない。しかし博士は、D.S.Mへの掲載によってこれらの障害についての研究者が増加し、研究が進むならば、その起源や治療方法が発見される可能性は高いとし、最後にこう付け加えている。
「D.S.Mは現在、既にとても分厚い本です。臨床的な参考書として見るならば、厚くなればなるほど、使えない本になることは、また事実です。またこの症状が本物だったとしても、D.S.Mのような包括的な書物においては、(B.I.I.Dは)余りにも稀な症例であることには間違いがありません。」
【参考1】B.I.I.D.ORG | BIID : The BME Encyclopedia
身体完全同一性障害(BIID)とは、身体の積極的な選択的切除手術を望む心理学的症状である。この症状を持つ人は、自身が理想化するイメージに自身の身体を適合させたいという継続的な欲求を経験する。
BIIDは決して精神病の一種ではなく、また精神異常でもない。これらの症状は性同一性障害と最も近い類似性を見せ、またその共通点として、幼年の頃からそうした自身の身体に対する違和感を感じるということが報告されている。
またこの"障害"のきっかけとなるのは、幼い頃に四肢切断者を見たことによる場合が多い。多くの場合、この障害を抱えた人々は、明確な記憶として初めて四肢切断者を見たとき、自身の身体をそれに近づけたいという強い欲求を抱いたこと、あるいはそれが無意識的に認識されたことが報告されている。またその年齢は4歳から5歳のときである。
これらの障害を抱える多くの人々は、以下のような症候を示す。
1.四肢が全て揃っていることに対して、"不完全性"を感じ、逆に四肢が切断された状況に"完全性"を見出す。
2.四肢とその切断に関して強い概念を抱いている。
3.四肢切断者を見た場合などに、強い嫉妬を覚える。
4.四肢切断に対し、欲望と交錯した不安を感じ、またそれを他者に知られることを避けようとする。BIIDを持つ多くの人は、これらの考えに対して孤独感を感じ、即ちこうした欲望を誰も理解しないと考え、また他者とそれを共有することを不可能であると考える。またそうした感覚から来る欝などについて、精神科医に相談した場合でも、決して四肢切断の欲望それ自体に関しては打ち明けようとしない。
5.欝を繰り返し、自殺願望を抱く。
6.四肢切断の予行として、一人で、また人前で、擬似的に四肢切断者の真似を行う。
7.こうした四肢切断を欲望するのは世界で自分一人であると考え、世界から孤立しているという妄想を抱く。
またこうしたBIIDを抱える者は、四肢切断が実際には不安や欝から解放させる手段になるという確信を持てず、いつまでたっても自身が理想する"完全性"へ到達できないという不安を抱く。そしてそうした不安から、危険な自傷行為 - 例えば銃を用いて自身の四肢を打ち抜く、燃やす、わざと菌に感染させる - を行い、医師による不可避的な四肢切断へと自らを導く場合もある。
また現在、一部では、BIIDを正式な障害として認め、選択的四肢切断という"治療"を与える病院も存在している。しかしまた、そうした病院への反発は大きく、後にそうした手術の中止を言い渡されているケースが多いのが実情である。
【参考2】BME: Body Modification Ezine / BME JAPAN | ModCon | BodyMod.org | Piel - Body Art Magazine
【参考3】真・都市伝説101夜 「だるま」 | 会田誠 / 犬女
【参考4】フェティッシュ・ファッション(秋田昌美)より
男達の欲望は女性を男根化することであるのかもしれない。去勢コンプレックス的に言えば、男根のない女性は去勢されている。男性は女性の「男根の去勢された性器」を眺め、自らの去勢に対する恐怖と抑圧を作り出す。男性はこの恐怖を克服するために女性を幻想の中で男根化し、欠如した男根を彼女達に贈与する。女性の身体の変形、衣服や拘束具によるフェティッシュ化は、失われた女性達の男根を彼女達の身体イメージの変貌を通して回復する作業なのかもしれない。女性達の「欠如」を通して男性が自己の権力を回復、維持しようという戦略こそが、男性社会の作り出すすべての性イメージの中に可視化されている。
【参考5】X51.ANIMA : The Armless | X51.ANIMA : The Legless & Limbless
【関連】ペニス・パニック - あるいは盗まれたペニスをめぐって | その他
この手の妄想って子供のころはよくやるよね
目が見えない風に目をつぶって歩いてみたり、腕や足を無いものとして使わないように生活してみたり
それが大人になっても鮮明な欲望として残っちゃった、ってことじゃないのかなぁ
同人誌とかでは普通に四肢切断モノってあるよな。
やっぱダルマみたいな無抵抗みたいなものって幼女愛と並んで日本の男心をくすぐるんだろうか。
小学校時代は足を怪我して松葉杖になったり、腕にギプスつけてるのに憧れとかあったなぁ。
実際自分がそうなってみると、大変だし金かかるし洗えないから臭くなるし、なにより手術やら天敵やら痛くてもう二度とやりたくないけど。
そういや、インドなんかだと下級民は子供のころに腕か足を切断して、将来物乞いとして生きていきやすいようにすることがあるんだとか。
もちろん、医療が行き届いてないから、病気や怪我で仕方なく切断することも多いという。
世の中にはこんなアフォがいるんですね。
驚きもしなかったし、まあ好きでやってるんならいんじゃんって感じデス。
こういうアフォはキライじゃないな~・・
ミロのビーナスは手がないからこそ美しい。
しかしそういうものに憧れを抱くのはいいが
実際になりたいと思うのはヤバイでしょ。
なんか共感。
俺は小さい頃から指をアンピュタしたくてたまらない。
写真撮られる時とか指を内側に折って無いっぽくして写ったり。
未だにその欲があって、どうにも料理をしてると指を怪我したりしてる。
料理中だと彼女とかに不審がられないからなww
真面目に聞いてくれ。
手足切断者に性的興奮を覚える症状が俺にはあるようだ。
上の写真とかめちゃ興奮した。
どうすればいい?病院行けばいいのか?誰か助けて。
>>22
大丈夫か。病院行った方が良いのかも知れないがでもまだ世界レベルで認知度が低そうだし…
また別の話になるけど俺も自分の爪見てこの爪が無かったら…
とか唇の中、(舌じゃない)噛み切ってしまえたら
とか思うことがたまにある。たまにだけどねOTL
アメリカ人の兄弟で弟の片腕を兄に移植して兄は腕3本、弟は1本にしてたやついたな
その兄弟他にも片方の人差し指の第一関節を切り落としてもう一方の人差し指に移植して長くしたりと人体改造マニア
どっちにしろガクブルの話だな
まあ、一種の整形手術だよなぁ。
共感はまったくできないけど、なんつーか、人の幸せってイロイロなんだなーと感心してしまう。
チェーンソーなんて持ち出されるくらいなら、いいから手術してやれよ、と思わなくもない。
>そして患者が治療を望み、幸福を得たいとするのならば、四肢切断さえ行わなければならないのではないか、そう思うのです
「私は首から下がない状態を望む」
こうした人間にも手術を行うのか?
なんか昔見た怖い話(?)というか都市伝説(?)を思い出した。チェンメにもなったよね
http://osi.cool.ne.jp/UL/n101.htm
↑チェンメ版
http://osi.cool.ne.jp/UL/n50.htm
↑普通の都市伝説版
生々しくて怖ぇ!とか思ってたらリアルであるんですか?
怖い。。。
どちらにせよ、あった機能を失うってのは生活に凄い不便を感じると思うんだが・・・。
まぁとにかくこの話題については一言。
「痛いのは嫌ーーー!!」
以上、ピアスしてる人見ても「痛そう」としか思わないチキンでした。
>「私は首から下がない状態を望む」
>こうした人間にも手術を行うのか?
出てから考えればいいんじゃね。
どこかしら切りたい、って枠でもそんなにいない患者の、更に特異な部分に、全体を注意する前に気にしても仕方あるまい。
俺は死なない程度ならOKと思うけどな。
自分の体にどうしようもない違和感があって、それがあることの精神的な負担が、それがないことによる負担よりも大きいと、少なくともそう確信するだけの精神的な方向性が彼らにはあるんだろうから。
方向性は違うけど「何で自分はこうなんだ!」って言って自己啓発する人間と似たようなもんなんじゃねーのと思う。
手術することによって「悪化する」と思っているのは、彼らよりも「マトモ」な俺らだからで、彼らにとっては違うんだろう。
自分のすげー嫌で吐き気がする部分が、手術すればきれいさっぱり消えるって言うなら、それはそれで選択肢としてアリだとは思うけどね。
あー、でもドラえもんの真ん丸い手に憧れる、みたいなのはあるなぁ
指が邪魔、っていうか気持ち悪いんだよね
それが発展して全部切り落として・・・みたいな?
ほぅ
ピアスもタトゥーも、自分をパーソナライズしたいから...ってガンガンやっちゃいました。 今はそれらがない自分の身体なんて想像もつかない。 ある意味、それらが自分のアイデンティティなんです。
...なので、「自分の望む自分の身体になりたい」っていうこういう気持ち、ちょっと分かる気がしないでもない。
四肢切断萌えの人って、病気だったんだ・・・
でも、突き詰めて考えたら、ボディピアスや刺青と
あんまりかわらない気もしてきた(BMEも参考として
あげられてるし。
それだと自分にもB.I.I.D.の気があるという事か。
久々にかなり興味深い記事だった。
こういうのって「どこまで」って線引きが難しいよな
命を基準にするとしてみて、適当に例を並べてみる(あくまで適当なので例にあまり拘らないでね)
1.放っておくと命に害があるものへの処置
2.放っておいても命に害がないものへの処置
2-1.多指や多肢
2-2.顔に大きなおでき
2-3.見えないところにあざ
2-4.包茎
3.普通の人にある(あってもおかしくない)けど切っても命に別状無いものへの処置
3-1.小さいおでき
3-2.ピアス
3-3.一部の臓器(臓器移植など)
3-4.美容整形
3-5.性転換
3-6.指、耳、目
3-7.手足
4.生命にかかわるようなものの除去処置
俺は自分に対してだったら3-1までかな。頑張って3-3あたりまで。
他人でも、3-5まで。
やっぱり「(見た目だけでも)元に戻せるかどうか」ってのは大きいよね。
>>22
そんなに困るでない
海外のサイト探せばそれ系いくらでもみつかるし。
日本にもお前のような四肢切断フェチサイトは存在する。
ヒント:amputee Devotee Wannabe あたりで
ググるがよろし。
まぁ世の中にはいろんな人間がいるってことですよ!
しかし「一重まぶたを二重に!」と、「事故でBJがいない限り手を切断するしか!!」ってのの次元は同じなのだろうか?
もっと細かく分けるなら、「傷跡が醜くてどうしても嫌」って言うのと「自分の個性を出すためにピアスをしたい」っていうのは同じ次元なんだろうか。
とにかく…まあ、アタシはこういう嗜好ないからドン引きするだけだけど、自分の物差しで全てを見れはしないという事ですかね。でもこういう人の心理って気になる。心理学やってるから調べてみようかな、資料は少なそうだけど
>>41
分類の仕方が良く分からんのだが?
命に害がないような包茎の手術は美容整形の一種じゃないのか?
それと命に別状のないような臓器移植ってのもどういうものか想像出来んのだが。
臓器に関する事は1.放っておくと命に害があるものへの処置しかないんじゃねえの?
>事情によって四肢を失った人々は、彼らのようなB.I.I.D患者に対して、怒りすら覚えているという。
身体障害者ではあるが、精神の病んでいない人は精神障害者に怒りを覚える。
差別できる立場になれば、差別したいという深層心理が現れている気がします。
なんか「自分の四肢を切断したい」ってのと
「四肢切断者に性欲を感じる」ってのが混ぜられちゃってるね
(記事自体の書き方がそんな感じだからだけど)
前者は一種の精神病として何らかの治療対象(四肢切断しちゃうのも含めて)なんだろうけど、
後者は他人の四肢を切断しようとしない限りは治療対象じゃないでしょ
だから>22も安心していいんじゃないかな
あと
>命に別状のないような臓器移植
ってーと、腎臓かたっぽとか生体肝移植とか皮膚移植とかそういうのじゃないの?
取られる側の命に別状がない、ってことでね
http://www.bmejapan.com/modcon.html
この本をみれば、いろんな人が出てるよ
四肢切断愛はSMだからな
性癖ではあっても病気とまでいうほどのもんでもない
それに肉体改造欲ってのは人間なら誰でも持ってるものだ
ピアスもそうだけどダイエットや筋肉強化に対するこだわり、宗教的な「生まれ変わり」思想なんかも、突き詰めたら自らの体をどうにかして変化させたいっていう欲望の現れだからな
それが極端に発現しちゃったのがこういう症状なんだろう
自分で切るくらいの度胸が有るのならば認めなくも無い。
切断の痛みや生命の危険を冒してでもやるならよしとしてやろう。
臨まない不自由を強いられた人にとってこんな話は苦痛以外ないでしょ。 せめて切断の苦痛や不安を味わえと言いたい。
四肢切断フェチの人が居るから、なんらかの原因で
四肢等無い人も、結婚出来るっていう、話も読んだ事あるぞ!
普通の人だと、結婚相手として、二の足踏む人は多いでしょ・・。だから、役に立ってるっていう言い方が
当てはまるか分からないが、そういう側面もあるんだと。
そんなに切実なんだったら、好きにさせてやればいいと考えるが…
反面、「五体満足に産んでもらった体を傷つけるなんてー!」と、いささか古くさいことを思ってしまう自分がいる。
指をハサミでバツン、という夢想はすることがある
大きい裁ちハサミなんかを持つとゾクゾクするんだよね
ただし今後の生活を考えて実行できないのが、ラインのこちら側だと思う
今とは違うものになりたいって欲望なんじゃねーの、って発言がちらほら見えるけど、それは違うと思う。
「同一性障害」という言葉からするに、現在ある自分の体が、本来あるべき姿とは「具体的に」違和感を備えていると感じる病なのだろうし、そのような記述が伺える。
(「膝上10cmから切りたい」とかね)
俺らがダイエットしたり、モデルやヒーローに憧れたりするのは社会的に植えつけられた価値観の方向性としてプラスを向いているからだ。子供の時ケガするのが~っていうのもあったけど、それはケガの不便を知らず、また子供のケガが時としてプラスに働いたことがあるのだろう(クラスの注目を集めたり、いつもよりかまってもらえたり)。
けれどここにある問題の場合は確実にマイナスを向いている。
ケガがプラスに働いたことから思考がおかしな方向を向いたんだろう、という発想は短慮だろう。ケガの不便さも知っているだろうし、何より具体的にそして詳細に重大なケガを負おうとしているのに、それをただのケガと同視するのは難しい。
「望まない不自由」が万人の認めるわかりやすい外面的な不自由か、異端であり理解しようとも思われない内面的な不自由かの差だろうと思うのだが。
この障害を負った人間からしてみれば、望まずに四肢切断に至った人間からだろうが、理解しようとも試みられずに真っ向否定で怒りをぶつけられるなんぞ不合理極まりないことだろうよ。
だめだよ、だるまさんのマネごとしちゃ、でも残念でした。だるまさんは座禅してるだけでちゃんと服の下に手も足もあるんだから。
>それはケガの不便を知らず、
>また子供のケガが時としてプラスに働いたことがあるのだろう
うむ。なるほど興味深い。確かにそれはあった気がする。
結局スパイダーマンだとかのヒーローも爆乳の芸能人も奇形だとすれば
それに憧れる子供の気持ちの延長なのかも。
その一パターンとして足を切りたいっていう欲望が足がないと不便
っていう常識に打ち勝っちゃうってのはあり得るのかもしれないと思った。
それから誰だったか忘れたけど昔はピアスだとか変体っていうのは部族とか
共同体への所属を意味してたのに、今ではそこから断絶するためにやってるとか言ってた。
江戸川乱歩の短編『芋虫』を思い出すな。男女の立場逆だけど>22読んでみては?
ところでつまらんことですが、ここの記事は文中「そしてまた」と「しかしまた」が多いのが最近気になるのです。
だるまか、だるましかあたまにうかんでこない
http://gazo01.chbox.jp/occult/src/1103557575813.png
そういえば俺も、ディズニーランドのお土産に
フック船長の鈎手と鉄球の足枷を選んだな。
あとバイオレンスジャックの人犬(じんいぬ)がトラウマ。
話とは関係ないかもしれないが、人間の触覚が組み込まれているような義手(普通の手の形ではなく何か特殊な行動に特化した様な)があれば着けてみたい。
今までの腕は切除して。
これはある種の性癖?
世の中には色々な人がいるのですね。
こういった方々を病気・異常などとは一概に言えないんでしょうね。
彼らにとっては、それが普通なんでしょうし。
人間って不思議です・・
俺も良く自分の顔傷つけたり、焼いたり、足が吹っ飛ばされるのを想像してるよ、、現実にしたいとは思わないけど、何度も想像しちまう。
10年前、開放性骨折によるバイ菌が原因でマジ切断をお願いした俺としては・・・ホントむかつく話だわ。
未だにモルヒネやら、硬膜外電気刺激療法をしなければ生活出来ないくらいの実際の痛みと、ない部分の痛み(幻視痛)でマジ処罰を受けてる感じだっていうのにw
増村保造の盲獣って映画の落ちがまさにこれなのか。
最後に緑魔子が両手両足切って!と船越英二に手足を切ってもらうシーンは衝撃的だったけど、妙な快感があったなー。
切断端にものすごくエロス感じます。
自分でもちょっとアンピュしたいと思います。
海外サイトで写真見ても興奮しますが、自分の手足が途中で切断されてるのを想像するだけでも結構イケます。
ちょっと変態…?と思いますが、海外サイトの充実ぶりを見ると、結構同好の士が多いんだろうな~と思います。
望まない四肢切断を受けた人には理解できない以上のものを感じるのでしょうが、85Cカップの胸を平らにすることでやっと生きた心地を得た自分としては、似たようなものではないかと思います。まあ胸がなくても生活に不自由はないですが…
(あり得ないことですが)局所麻酔で自分の手足を切断されている状況を思い浮かべると、イキそうになる自分が不思議です。
78サンみたいな人にとっては、マジやり切れない話なんだろうな…。想像するしかないけど、わかる気がする。
でも、だからと言ってこういう人たちを非難する気にもなれない。彼らにも彼らの苦しみがあってのことだ(と思う)から。
しかし、10年たってもなお痛むのか… 大変なんだね。
>>78
幻覚痛の治療法で
天井を開けた箱を2個横に繋げ、箱の内部に各左右計4枚の鏡を貼り
それぞれの箱の前方に手や足を入れる穴を開け
そこに、健康な方の足なら足、手なら手を入れ
上から覗き込む事で、まるで失った筈の手足が健康な状態であるように
自分の脳に錯覚させると、痛みが治まるとテレビで言ってたよ。
やってみない事には本当かわからないし、片方残ってるのが前提だけど
よけいなお世話ならゴメンね。
四肢切断萌えと自分のを切りたいのはあまり同類にしないほうが良いんで無いかと。
もちろん原因が同じところにある場合もあるのかもしれないけどさ。
ほとんどは単にSMの延長線上の妄想か
物理的に抵抗しない性対象としての欲求(ロリコンとかマザコンなど)だろう?
欠損によって完全性を得るってのが何とも素敵だね
月並みにヴィーナスとかニケの像を思い出したよ
この人たちはベクトルが自分に向かってるからまだいいよね
他人の腕を切りたいィィィって人たちだったらたいへんだね
>>87
そういや髪を切るって行為も確かに同じようなもんだわな。
まぁ頭髪は際限なく長くなるから伸ばしてると邪魔になるって理由もあるけど。
少なくとも腋毛のない女性に興奮するのはこの症例にすこ~しだけ踏み込んでる気がする。
パイパンフェチなんかは間違いなくこっち側だわな(除 ロリフェチ)。
あと俺口の中、唇の裏や舌を自分でわざと噛み切る
癖があるんだが(血が出るかでないか程度、粘膜をこそぐ程度)
ひょっとしてこっち側の気があるのかな…。
ストレス溜まったときに無意識にやってることが多いから
リスカとかの自傷癖に近いものだと考えていたのだが。
遅レスすまん。
>>22
犯罪を犯さなければ大丈夫。
見て興奮するんだから自分を切断する可能性はまだ少ない。
これからどうなるかはわからんが
こういうの考えると鬱になるね、
好きというだけで他人から気持ち悪いっていわれるんだから。
そんな俺も四肢切断者萌え&切断願望が軽くある。
こういう人って小学生の時骨折とかしたいっておもわなかった?
移植技術が進んで、切断した手足を事故や病気で失った人に提供できればいいんだけど。まぁこういう病気もあるということか。人間って不思議だ。
「自傷行為」として切り取ったパーツはどうするんだろ?ず~っと冷蔵庫の中とかにしまっておくのカナ?日本だとごみ捨て場とかに捨てちゃうと「殺人事件どぅあ!!」って残りのパーツ探しで大騒ぎしちゃいそう・・・。
>22
あなただけではありません。ここに同類が1名いますから。
まずはこの種の嗜好を満たす画像も映像も漫画も探せばあります。その手のもので満足できない域に達したら、障害者奉仕のボランティアにでもなることを考えましょう。
義肢装具士という職業を目指す選択もあります。私は真剣にこれになることも考えたことあります。
今のところ私は画像と漫画でとりあえず満足してます。
そもそも世間の大多数の男女は有り余る性欲を抑えて生活しているのです。四肢切断よりももっと過激な危険な欲望を抱えている人もいます。我慢しているのはあなただけじゃないのです。
>>89
性同一性障害ですな。
>>97
確かにそれなら納得かも‥。
その人によって何が幸せなのか分からないもんなんだな。
生まれつきだとしたら本人はキツイだろうな。
『普通』ってことは抑え難い欲求に振り回されて罪悪感に苦しむこともあるんだろ?
考えてみたら精神病のボーダーラインもよく分からんのだが。
この人たちの前世は同じく四肢の欠損者だったんじゃないかなぁ?
その頃の感覚が残りすぎてて現世にも影響しているとか・・・
人質にされて殺害された
香田さんの虐殺動画を見て
性的興奮がおさまらないという人を
ネット上でよく見かけました。
似たような障害なのでしょうね。
きっと四股切断の願望をつきつめていったら、
究極的には首から下の切断となるのでしょうし…
>>67
私も江戸川乱歩の『芋虫』を連想しました。
あれは怖かった・・・。
てか手足の無い感覚ってどんなですか。
あって当たり前の物だからよくわらん。
>>97
他人の腕移植なんかは前世紀から成功例あるよ。
ただ、拒絶反応防ぐために一生薬漬けなんだろうけど。
これが、一卵性双生児なら拒絶反応でない(DNA上は同じ生き物なので)ってだけの理由で
兄弟の片方の腕切ってもう片方の腹に移植したのが>>26も言ってるアメリカのバカ兄弟。
まぁ、バカって言っちゃうと差別なんだが。
僕は、体をいじるのが好きで、最近海外の病院で乳首と乳輪の摘出手術をうけたんですが、なかなかいいですよ、いろんな意味で、
こちらのサイトをごらんの方で本気に切断したい方っていらっしゃいます?
もし、いるなら一度、お話しがしてみたいんですが、
ykai@mist.ocn.ne.jp
もし、よろしければメール下さい。
理解できない方ってけっこういらしゃるんですね。
>究極的には首から下の切断となるのでしょうし…
それは全然違うと思いますな。
四肢っていうのが何よりのポイントだし、
四肢を切断して、生きていかないとだめなわけだから。
普通に考えたらとんでも無く異常な話しだけれど、そういった障害の人にとっては切実な願いなんだろうな。
四肢が事故や病気によって仕方無しに無くなった人が聞いたら何と思うだろうか。
今は、結構他人の腕の接合ができるみたいだから
そういった四肢を切断する事がどうしてもしたいって人は
病院で物凄く鋭利で尚且つ超薄い刃物でスパッと切断して
事故で腕を無くした人に移植して欲しいよ。
拒絶反応の問題があるけど、それが克服できればこれだけ美味しい話しはないよねぇ。
一見、正常、健康な人間の腕をあえて切り落とすのはどうかなと思ったけれど、彼等にとっての根本の解決は記事でも書いてある通り最終的には医療業界の教えと言われるヒポクラテスの誓いで述べられている通り患者の苦痛を取ってあげる事こそが患者にとっての幸福なのだから。
性同一性障害も単にカウンセリングや薬の投与等では治らない。彼等四肢を切りたい奴には切ってやればいい。
そして真に困ってる人間へ腕をあげればいい。
そんな俺は医療業界の人間。
性欲に強く起因しているのであれば
性同一性障害とは分けて考えないと危険だと思われ。
つまり性衝動のベクトルなり、焦点をずらしてあげることで治癒が可能であるならばの話だけど。
性同一性障害は、より人間の根源的な精神的な部分、
治すという概念が全く通じない部分における問題であるから。
>>115,116
>性同一性障害は、より人間の根源的な精神的な部分、
>治すという概念が全く通じない部分における問題であるから。
それはパラダイムに満ちた考え方じゃないか。そもそも治療できない性の悩みを、同一性障害と呼んだ瞬間にそれは障害として扱われることを意味するわけだから。
だからある意味ではこの四肢切断の人々にしても、本当は障害として認めることはメリット、デメリットあるわけよね。
メリットはもちろん、社会的に認められて保険が降りること。
デメリットは個々の微細な違いを無視して、単純な型に類型化されるってこと。そしてまた必ずそこに回収できない新たな障害が生まれるはず。切腹したい障害とかね。
いやはや人間って不思議。
>>112
こんなとこに本メアド書いたら海外のスパムボットに回収されて迷惑メールきて大変だぞ。
スーパーヒーロー物はある意味障害者が多い。
仮面ライダーは改造人間だし、X-MENはミュータント
座頭市とか丹下左膳みたいなリアル障害者もいる。
人と違うことで何か特別な力が得られるのではないか
という、呪術的な意味があるんじゃないだろうか?
たとえば、縄文人は位の高い人ほど抜歯をしていたし、
マヤの高官は頭を変型させたりした。
そういえば小学生のころ、骨折に憧れたことがあったような気がする
生物学的にやはり男には英雄的負傷願望あるのかな?
それの偏向パターンなのかもしれん>骨折願望
実際に切断したらどうなるかわかんないよね。後悔するかもしれないし・・・。周りがサポートしなきゃいけなくなるのも迷惑だし、我慢しろとしか言えないな。
びっくり。四肢を切りたい、という想いを持っている人がいるなんて・・・。
四肢切断者に性欲を感じるひとはいるんだろうなーと思ってたけど。そしてそれはコスプレが過激化したくらいなもんだろ、と(あまり認めたくは無いが)勝手な解釈をしていた。
四肢を切りたいっていうひとは、その解釈ではあてはまらない気がする。だとしたら、なんだろう。思ったのは、
1.生まれつき、脳の中の「身体を司る部位」に障害がある
2.幼い頃の経験が一種のトラウマになっている
もし1ならば、カウンセリングとかは意味なくて、脳の外科的な治療方法を確立するしかないんじゃないかと・・・。
実際に四肢を切ってあげるのが今の患者のためかもしれんけど、今後もこのような患者が増えるのを見越して、四肢を切らずにすむよう脳治療の研究をしてほしい。
>>124さん
http://www.doblog.com/weblog/myblog/3099/387485#387485
↑エイプリルフールのネタだったらしいですよ。
>>128さん
どうもありがとうございました!
前から写真見たかったんだけど、ネタだったのね・・・
とりあえずスッキリしました。。。
確かに自殺を考える程ならば本人の望むようにしてやるべきではと思うのだが、障害として認めてしまえば流行のように周囲に誘発する恐れがあるんじゃないかと考える人も居て当然な気がする。
性同一性障害という言葉が取り上げられるようになって以来病院を訪れる者がかなり増えたと聞くが、正直それが良いことなのかどうかはよく分からないし。
性別だったらまだ自己責任ですむのだが四肢切断となると生活する上で周りの協力が必要になる。果たして面倒みてやろうなんて奴がいるのだろうか‥?
性衝動(マゾヒズム)との関係性も気になるところ。
同じ四肢切断願望でも色んな人がいそうですね。長文スマン。
俺的には他人に迷惑をかけなければ何でもOKかな。
四肢切断の強要(それこそ達磨とか)はほんまに最悪だと思うが、自分の意志で社会生活におけるデメリットを享受する覚悟があるならいいと思う。
>俺的には他人に迷惑をかけなければ何でもOKかな。
無理だろうね。必然的に迷惑がかかる。
五体不満足なんてタイトルが、なんの衝撃もない世界がすぐそこまできているのかな・・。
性欲が高まってるときって
食欲も睡眠欲もなにもかもぶっとんじゃって
性病の危険性もリスクもどうでもよくなって
しまう魔も瞬間ってあるじゃないですか。
あーいう感覚なのかな?性欲がひきがねになってる
障害だったならば、安易に手術しちゃったら危険だよね。
切断者の78です。
自分の場合、絶えず切断部分を触ったりしてるけど、一度義足を履いてしまうとそれも出来なくなってしまうし、気絶一歩手前くらいの痛みが急に来るから、ぶっちあけ対処しきれないって感じかな。
とにかく早期社会復帰を希望しての切断だったけど、俺の場合は完全に失敗・・・切断する前に行っていたオペすべての痛みが残るなんて思いもしなかったよw
途方に暮れて何気に始めた、ネット、ピアノ、英会話に集中してる時だけ、痛み忘れることが出来るからホント勇気を出して始めてのはマジ良かったと思う。
あと、恋愛がめちゃ難くて、相手になんていうかさぁ~余計な気を遣わせて申し訳ない気持ちなってしまうから~愚痴みたいな話でごめんなm(__)m
>>131
80です。自分もGID(GenderIdentityDisorder=性同一性障害)です。確かに自分を含めマスコミでGIDが報道されて一時は医療機関に駆け込む人もムチャクチャ多かったようですが、ひとごこちついて、現在は統計上考えられる程度の人数が医療機関にかかっているようです。もっとも治療できる医療機関があまりに数少ないために、望む医療が受けられない現状はあるようですが。
この話題(四肢切断)もそうでしょうが、この掲示板でも何人かが「自分はそうかも」と言っているように、反応する人が多いけれど、よくよくその症状(と言ってよいかどうか?)がどういうものかを知ると「自分はそれほどでもないな」という人も結構多いということでしょう。
>>127
自分も四肢切断願望が少々ありますが、本来あるものを切断して無くすことに魅力をおぼえるので(少なくとも自分は)乙武さんにはそのような感情をおぼえません。
>>140
興味深く読ませて頂きました(と言ったら失礼かもしれませんが)。事故によって失った人には本当に失礼というか、馬鹿げた話ですよね。。
悪い冗談じゃなくて、足とかって冷凍保存して移植とか出来ないんですかね?本当にそういう望みがあるなら、必要な人にあげればいいと思うんですが、そんな簡単な話でもないんですかね。
SMで普段は偉い人が奴隷役をやったり、わざとギブスつけたり、首輪したりするのは、人生に欠落を求めてるとか聞いたことあります。
この四肢切断欲求っていうのは恵まれた社会で自分に欠落とか不完全性を感じたいっていう気持ちの、ある意味最終形かもしれませんね。。ボディピアスとかファッションの延長に考えられるものではないのかも、と思いました。
私には左足が太ももから無いです。
多少は慣れたつもりでいても好んでこんな風になったわけではないので「片足しかない」とか言われると結構傷つきます。
こういうの(四肢切断)の魅力がほんとに分かんない…
不便なだけで切断したっていいことなんて何一つありはしないのに…
>149
まあ、そこがあんたとはちがう、『健常的な身体と思想からなる異常』なんだろうね。中身は病んでるんじゃないかって思うよ。
この記事で出てる切断願望ってのは性欲からじゃなくて
「あると不快」だから切断するんでしょ?
さっきからレス読んでるとそこんとこを勘違いしてる人が多い。
なんつーか、この人達をバカげているとか、実際に事故等で四肢を欠損した人に失礼だとか言っている人も、
もう一度考えてみてはどうだろう。
この人達だって、望んで「四肢切断をしたい」って欲求を持ったわけじゃなかろうに。
そんな欲求を持たずに生きていられるのが一番幸せだろうに。
あれだ、拒食症で苦しんでいる人に「アフリカでは食べたくても食べられない人が~」って話をしている感じ。
この人達だって本気で苦しんでるんだろうし、医師が出来る限りで救ってやらにゃならんのだと思う。
切断願望を消せる方が良いとは思うがね。時にはどうしようもない障害として、切ることも必要なんじゃなかろうかと。
俺はガキの頃から骨折や捻挫を人並み程度にしながらも、今も五体満足でいるし、切断願望もないからそう思えるのかもしれんけどな。
そう、別に「どんどん短くしたくなる」とか「切るのが好き」とかじゃなくて
「あることがおかしい」んだよね。
だから、一通り揃ってる人は「自分にだけしっぽが付いていたら」とか「指が一本多い」とか、
あるいはもうちょっと穏やかに「足に大きなできものができた」あたりを想像してみよう。
「それを取ることができれば、自分の(知識じゃなくて)感覚としての『普通の身体』になるんだ」って気持ちなんだよ。
だから乙武とか首だけとか言ってる奴は的はずれにもほどがある。
あと、ピアス通す人には色々なパターンがあるからちょっとひとくくりにするのは難しいかもね。
僕は、体の一部を外科手術によって(自分の意思で)切除したんですが、極端な話、足が三本ついてたらどうします、目が6個とか、それはそれで楽しいけどね、でも、とりあえず普通になりたいと思わない?
性的興奮で切断する人もいるけど。
それは色んな症状の人がいるってことかなあ。
そっちの方が理解できないって人の方が多そうだけど、
もっとつっこんで考えても良い問題な気がする。
>>156
ある精神科の医者が自分のサイトで発言していたのですが(現在閉鎖中)指が6本ある人が5本にしたい~というのは許されているし、保険が効くこともある。指が4本しかない人が5本にしたい~というのも(うまくできるかどうかは別にして~まあ足の指を手に移植するというのもあるし…)それもOKである。でも指が5本の人が4本にしたいというのは今のところ倫理上許されていないし、ある種の変態扱いである~と。
それって何なんだろうね?っていう問題提起だったんだけど、やはり簡単には述べられないのかもね。
その医者は「やっぱり指は5本であるべきだっていう考え方が前提になってない?それってどうなの?」という言い方をしていたが。
>156
失礼な質問かもですが、それはもともと奇形の身体部分を切断したということですか?それとも健全な身体のどこかを切り落としたってことですか?
四肢切断とか指切断とか見て凄くドキドキしてうらやましくなる。
俺も早く切らなきゃって思う。
これがひどくなったのが彼らなのか。
切断はしたくないけど、足したい。
なんつーか、腕が後もう二本ほど欲しい、かな。
これも四肢切断症に似たような「身体の完全性に対する欲求」なんだろうか。
ところで僕はダルマが好きだ。
本文の最後のコラムと関連しているかどうかは分からないが、
男としての己の完全性を求めているという感はある。
すなわち…、いや、なんかグロい話になりそうだ。
イメージとしてはペニスケースという感じだ。
女がペニスケース…、やっぱグロい話になってしまった。
容器や入れ物、器に、手足は不要という訳だ。
これは最初に言った、「身体を足したい」という欲求に関連してくると思う。
イザナギは自分の体を見て余っていると言ったが、僕はまだ欲しい。
>男達の欲望は女性を男根化することであるのかもしれない。
いや、
女にとって男は絶対的な存在かもしれないが、男にとって女は相対的な存在でしかない。
そしてほとんどの男の、愛する女に対する認識は、「自分の一部に過ぎない」ではないだろうか?
とりあえず、僕は
指が六本ある人に対して憧れの念を抱いている。
自分でも奇妙な事だとは思う。
でも、なぜ自分の指は六本じゃないのだろう…。
と、時々考え込んでしまう…。
みなはそう思わないのか?
俺はピアスの穴は開けてるが、こういった類は理解できない。
本人は切実なんだろうけど、
四肢が欠損している人からすれば好きで欠損した訳でも無く一生再生しないし腹立たしいだろうね。
まぁ再生医療が進み確立すれば切った所でまた再生できるだろうから喜んで切る奴も出てきそうだけどね。
実際、ネズミの背中に人間の耳付けたりしてんの見たけど随分再生医療は研究されて進んできたらしいじゃないか。
今は拒絶反応が出る確率は高いが、他人の腕も状態によっては完璧とは言わないまでも縫合して神経を繋げてある程度はつくらしいじゃないか。
これが自分の組織で再生医療で応用すれば拒絶反応無しに再生できるだろうな。そしたらこんな障害の人は躊躇無しに切断を喜んで望むだろう。
まぁそれには後数十年以上はかかりそうだけどね。
でもそんな事ができるようになったら古い臓器、器官はいくらでも再生できるから1000歳位生きられるかも。
>>164
だからぁ「腕や脚があることに違和感を覚えてるから」切るんだろ?
再生できるとかできないとかは全く論点がずれてるよ。
この人たちは切りたいから切るんじゃなく切らないと不快だから切るんだよ。
事故で指を切断した人が言っていた。「なくなった指先が猛烈に痒くなったり、痛んだりするんですよ、切断された傷口じゃなくて、その先のなくなった場所が・・・」
芸能人の子供が得か否かみたいな話だ。
患者(というとおかしいけど)はこれの例に出てる人のように切っても後悔がないのだろうし。
生物の本能を基準として考えれば自分をわざわざ不利な状況におきたいだなんて狂ってる。
技術が進んで機械の手足が作れるようになればいいんだけどね。
仕事中は義手義足付けて健常者、オフは外して四肢切断者。
切っても後悔はしないのかもしれないけど、この症状の救われ難いところは、四肢を切断することが症状自体の治療に繋がるわけではないってことだな。
理想的な身体のモデル図が、他の絶対多数の人間とは違って出来上がってしまった。性同一性傷害よりも神経性の拒食症に近いのだろうけど。
>>158
それはやはり、「現在の倫理」に拘束されているのでしょう。
自由や権利の範疇は、社会の秩序や経済がどれだけ多種の人間を支え切れるかに掛かっている一面がありますいね(あくまで一面ですが)。
自分の望まない理由で車椅子生活する人が、「自由に」どこにでも行ける街を作るのにだって金が必要で、ある程度豊かな社会でしか実現出来ない。無制限に「自由」を許容しその全てに憲法的な権利を保障したら、まず経済が崩壊してしまう。
ならば、(現段階では)受容困難な少数の主張は「障害」と認定して、「正常な姿へ戻る」ように治療または矯正するほうが、影響が少ない。
将来はどうなるか、解らないのが倫理というやつだけれども。権利や自由の拡張の時代が続くとさえ断言出来ないし。
いずれにしても記事のようなケースは投薬やカウンセリングで治療できるなら、越したことはないですね。(と、現代に拘束される私の「倫理感」は訴えるわけです)
オイラはアンプフェチでカニバリズムのケがあるので、きれいな女の子の脚を切り落として食いたいという欲求が時々頭をもたげる。
元々切断している子でも良いのだけど、できれば自分で切り落としてあげたいなぁ。
人の欲望は人それぞれだと思う。
同じ右手を切断したい欲望がある人同士で話し合って、
「そうそうそういう感じだよね」って話し合っても本人同士は微妙に求めるものが違うかもしれないし。
>>180
ええと、自分が80です。156でも179でもないのですが…
自分もある意味健全な部分を切除したものですが、それについては四肢切断と同じには思えません。
だって今の自分の身体は男性として(言葉が適切でなかったらごめんなさい)健常なものだと思うから。
ボディイメージという点では同じかもしれないけど、胸が平らな男は誰が見ても普通だからね~。
ところで、いくつか望まない切断をせざるを得なかった人にとっては…という発言がありますが、やっぱりそれは的はずれなのだと思います。もちろんそういう方の気持ちをないがしろにするつもりはありませんが、記事にあるように左腕を不慮の事故で失っていながらまだ足の切断を望む~というのは、そういう考え方だけでは理解不能では?
ん、BIIDの方々がそうした観念で苦しんでるなら、それは十分に考慮されるべきだし、
実際障害のある方に対して失礼だ、ってのは当てはまらないですね、きっと。
んでも俺、この方々がどうして四肢切断状態を理想とするのか?がわかんない。
手が3本あったら変だとは俺も思うけど、それはあくまで大部分の人の手が2本だからであって。
わざわざ他の人と同じ2本の手を1本に、ってのは…。
オマエ、手が無いことの不利益分かってやろうとしてんの?
周りから違う目で見られたいだけじゃねーのか?
っていう気がしないでもないです。
まあ、こんな偉そうなこと言ってる俺は指無いわけですが。
すみません。
>>80
あなたのレスを読んで、忘れていた記憶が蘇った。
それは、いろんな悩みを抱えた人が書き込む掲示板で、当然
性とか、生活とか、趣味とかにジャンル分けされているんだけど、身体的な悩みを持った人が書き込む板があった。
そこを見ていたわけよ。
そこで胸を切除したいっていう女の子がいた、俺はレスしたんだけど詳しい内容は覚えてない。
親にも相談したと言っていたような?
俺もなんでそんなこと考えるのか?聞いて、たしか否定的な意見を返していたと思う。
それが良い事か悪い事かは俺には今もってわからんが。
そのレスは今考えるととても無責任な内容だったのではないかと思う。
本人は確かに苦しんでいただろうし、俺にはその苦しみはわからないから。
実に興味深い話だな。世界は広い。
知識欲いっぱいの俺にとって、こういう一般には出ない情報が手に入るココは自分とってありがたいよ。
四肢切断はさすがに嫌だけど
自分の手の指や足の指がなかったら
不便だけどかわいいかな、スッキリするかなぁ・・
と思ったことはある。
実際に事故等で四肢を欠損した人に失礼だとか言っている人が一番醜いと思った。
そういう事を云う時点で、相手の人権踏みにじってるってことだよね。自分の倫理観、価値観が絶対で、それが多数派だからという理由で自信をもってる人って恐ろしい。
事故で欠損した人、かあ……まあ腹立たしいのも分からないではない。
上にもちらほらいたけど、自分も性同一性障害です。まだなんもやってないが。
女性体としてまったく健康なので、
腫瘍で子宮を取った人(伯母が実際そうなのですが)や乳ガンで乳房を取った人とかに、負い目を感じたこともないではない。
でもまあ、こればっかりは仕方がないというか。GID本人が負い目に感じるべき事ではない、と思っている。なりたくてなったわけでもなし、嫌な言い方ですが、自分のことと他人のことは別物だし。そういう人本人から嫌味言われるくらいはしゃーないけど。
そんな自分から見れば、こういう人達も……仕方ないんじゃないかなあ。
……あと、これ、別に性同一性障害とはあんまり共通点なくないですか? はたから見ると似てるのかな?
>>189
直接は関係ないけど、自分の体に違和感を感じる点で同じ傾向があるということでは。
それと、それは他人から見ると、全く理解できないという点においても。
>またこの"障害"のきっかけとなるのは、幼い頃に四肢切断者を見たことによる場合が多い。
・・・これって見なければ「障害にならない」ってことなのかな?
怖いな。障害者を街から追い出せ!とか始まるかも
怖いのは追い出そうとする意識の方ね。
>>189
切断、てとこからきてるんじゃないですかね。
性同一障害者とかも、胸切りたいとか、性器切りたいとか願うからではないでしょうか。
この様な記事を今初めて見て知った者なんですが、私は当人が切断したいと望むのなら、しても良いと思います。私自身は片腕が無い方に少しの羨望を抱いては居ますが、実際の生活を考えると面倒になって、想像に止まります。
事故などで望まずに四肢を失った方には失礼な話なのかも知れないとは思いながら記事や、コメントを拝見させていただきました。
望まずに失った方に言いたいのは、彼らにとって切実な問題なのだ、と思った事です。だから、頭ごなしに批判はして欲しくないです。
私が受けた勝手な印象に過ぎないかもしれませんが、彼らにとっては、切断したいと望む四肢が不慮の事故でそこに存在した、様なものではないのでしょうか?
痛みをも凌駕するような切実な望みではないのでしょうか?
-長々と申し訳ありませんでした。
四肢切断を熱望する事が、不慮の事故のようなものなんじゃないの? 実際に切断することは、不慮の事故に対する処置ってところかな。
これだけ人が増えれば変な人が出てくるのも当たり前
それが異常なのか はたまた大衆が異常なのかは分からない
でも一つだけ言える事は人はどのような環境で変わるのかは神様だって分からないし、それが正しいかも分からない
性同一性障害と根本的に同じだろ、
今は性同は認知されてるから、問題にならないだけで
20年前に性同の話をしたら、こんな反応だったのではないだろうか?
どこが適切なのか分からんから、とりあえず最新記事に。
愛正会キター
ギガワロスwwwwwwww
なんか去年もこんな企画なかったっけ?
人気サイトもいろいろ大変ですな。
また楽しみにしてます。
いや、まじで一度、お気に入り削除しちゃったよ・・・(汗)。
エイプリルフールだったのか。
突然アダルトサイトになった理由を知りたくて、
ここを覗いてみてよかった・・・。
エイプリル・フールが終わったので(笑)、書き込みます。
俺は、上の記事で触れられているような、Amputee(切断障害者)のdevotee(を愛する人)です。
何人か、同じ嗜好の仲間がいます。
少し前に、Amputeeの彼女が出来ました。
障害の種類は、片足の切断です。
もちろん、彼女に対してはカミングアウトしていません。
想像していたよりも介助が大変なこと(風呂に入るときとか)もあるのですが、自分が彼女の助けになれることが嬉しいです。
妄想の中でダルマ少女を愛撫する(俺も好きですけど)のとは違い、SM的な要素は無いように思います。
長文すいません。
何か質問などありましたらどうぞ。
あのね、ピアスとかタトゥとか関係ないの。健常者とか障害者とかいうのも次元が違う。問題は「違和感」なんですね。本来そこに手足があるべきじゃないなどと思う人間は違和感に苦しんでいるわけです。切った後の痛みや、生活に支障がでるなどと考えられるハズはありません。まず、切りたいわけですから。あまり難しく考えてはいけません。
自分は TATTOO入れてますが なんか
「これで 本当の体になれた」的に思いました
親は「やっぱり」って言ってた
BMEの極みって感じですね 自分は今より不便そうなんで
やりませんが やりたいって思う人の 気持ちは分かるよ
外国の神父さんが バリバリにTATTOO入れて
ムキムキでした 雑誌に載ってたんですが
「精神に 肉体が追いついた…」
ってタイトル書いてありました
TO WEB MASTER
四月バカには びっくりして
「こんなんだったら もうみねぇや」
って思いましたが
今日見て ほっとしました
やり方旨すぎます のせられました
これからも 見ていきます
本当に切断する人と、妄想だけで悲劇のヒーロー、ヒロインな自分に酔うだけの人とはレベルが違う気がする。分かる気がするって軽軽しく言うことも失礼じゃないかな。
そもそも精神病って、その症状をおかしいと思った誰かが後から病名つけたって感じのも多いからよくわからんけど。
あと、ダルマ好きってのは支配欲の現れだと思う。エスカレートはしてるけど、犯罪しない限りはまだ正常だと言っていいんじゃないかな。
私はニキビを潰すのが異様に好きで
にゅるにゅると白い脂肪や塊が出るのを想像するだけで
うっとりする。
満員電車で良いブツを見つけると目をそらせなくなって
アタマに血がのぼってきます。
これは、ちょっとおかしいけど「変態」といわれるほどの趣味ではない。でも、なんとなく過激な欲望を持つ人の気持ちはわかる気がします。
普通の人なら、手足2本ずつで安心できる感覚が、この人たちはずれちゃって強い違和感を伴うんでしょうか。
普通の人が鼻が2つあったら気持ち悪いんで1つにしたい。
手が蜘蛛みたいにいっぱいあったら気持ち悪いんで左右の2本にしたい。
って感覚と似ているのかもしれませんね。
そういや自分、小さい頃人形の手足をよくもぎ取ってた。
手足が嫌いというよりも、ちぎれやすい物は、ちぎれる前にちぎっておこうという考え。
言わば、これ以上欠けることの無い状態こそが完成系、、、って思想だった。
自分もGIDの一人で四肢切断熱愛者、追加でカニバリズム思考…写真ヤバかったっス。合成でもイイ(゚Д゚)!!彼女の了承は得ては居るけれど実際切断するとなると知識も必要だし貯蓄も必要だし何よりその後崩れない関係じゃないと無理だよな…と現実的思考。
健康な体で無いとイカンと考えるのは生き物の本能だと思うから(実際の不具合や生活等は別として)あえてその生物的に勝っている状態から逸脱したいと考えるのは、自分的には人間的であると思うんだが。
そんな事よりも自分が想像だにしない理想を掲げる人等に、自分達であればこういう感じの気分なのかなとか、考えてくれる人等はなんて素晴らしい人間なんだろうと思う。素敵な人間が所々に見れて実に嬉しい。
長文失敬
事故とかで手とか足が無くなった奴が四肢切断愛好者について文句を言うのは許せん、事故にあって苦労したとか、手や足のありがたみを知ったとか、四肢切断したい人は気狂い扱いか?
生まれながらの障害をバカのするのか
おれは何よりも精神障害が下らないゴス系のカルチャーと一緒くたにされているのが気に食わない。
あーはいはいわかったよお前は人と違って頭おかしいよわかったから黙ってろ、と言いたい。言う。
性的欲求のために四肢を切断ってどんなんやねん。あんたはそれでよくても家族とか友達とか周りの人間はたまらんな。そんなもんおらんとか言う人でも、障害者の実生活のことを知ってください。大変やねんで!そういう現実的なもん全部知って、それでも足切ったんねん、腕切ったんねんとか言う人は気が狂ってる。病院行って病気治して一日でも早く元気になって欲しいと思うし、自分に酔う暇と足がまだあるんやったら毎日100M走の練習でもして根性を鍛えなおせと言ってやりたい。
なんだか読んでいてすごく複雑な記事だった
わたしにはそういう願望は無いけれど、一口に「異常」とか「病気」とは言いたくない
とはいえ、世の中には事故や生まれつき四肢が無くて困っている人たちもいて…
障害って、病気ってなんなんだろうか と考えさせられた
>>123の「脳の外科治療した方がいい」という意見も、なんだか…
フーコーの見た、ロボトミー手術を受けさせられる患者というのを思い出したよ
その人にとって、どんな身体のかたちが「自分の身体」なのかは、違うんだろう
こういう気持ちは、とてもじゃないけど自分の中にある価値観の定規じゃ測れない
でも測れないからといって否定したり弾圧するのは、暴力だと思った
でも複雑だ…
俺から見れば、ホモやレズの方が、余程異常に見えます。
が、それもまた「偏見」であることは分かっています。
理解の及ばない範囲のことを如何に理解するか。
それが問題です。
肉体への違和感ってのは性欲に直結するもんだよ。
主体化するか客体化するかの違いだ。
人間は基本的に線分された肉体にしか存在感を感じないから。
心の正常、異常ってさ、なんていうか明瞭な境界がないよな
何を以て正常の範囲を見なすか
何を以て異常と判断するか
それを見極めるために持ち出される材料って、いつも世間一般でいう「常識」だよな
人を殴りたくてたまらない性格の人間は「常識」から見れば危険だとされて、異常扱い
人に優しくしたくてたまらない性格の人間は「常識」から見ればどんなに悪くてもお節介者
どっちも単に嗜好が違うだけで、人間としては別に不思議な事じゃない。つまりさ、つきつめると本当の異常っていうのは、嗜好を超えたところにある人間本来の機能とか在り方の歯車が壊れてしまった状態の事を指すんじゃないかと思うわけよ
「常識」って奴は、その国や社会、組織、部落、果ては家族によって差はあるだろうけど、大体は似たようなものだよな
その「常識」を決めるのは、やっぱり人の割合だと思う
例えば99.%の人間が、殺人は罪だと思い、
残りの1%の人間が、殺人は罪ではないと思ったとして、
少数派の1%は淘汰されるわけだよな
別に異常な事じゃないのに
世間一般の「常識」ってやつは、曲者かもな
なるべく個人個人の嗜好や性質を理解しようとする寛容な心を持てたらいいなと思う
でもやっぱ腕とか足自分から切る人はきもちわるい
245,246の2コメントを読んだら、
「常識」とは何ぞや? ということを考えちゃったよ。
「常識」とは、多数が同じように認識していること、とおいらは思うんだよ。
245,246と、人によって解釈が違うように、「常識」という言葉が常識になっていないんだね。
言葉の意味としては、245のほうが正解に近いと思う。
>>245に近いけど、簡単に言えば、常識ってのは
マジョリティの共有する知識だろ。
つまり質じゃなくて量の問題というところがポイント。
事故で切断された人に申し訳ないとか五体満足に生んでくれた親に~、とか、そういう常識(というか社会的大多数の意見)は、この人達に関係ないだろうな、と思う。
異常とか異常じゃないとか、そういうことは問題ではない。
四肢を切り落としたいという時点で社会的意義は欠落しているから、社会(主に人との繋がりの重視)を基本として生きてる人とははなしが合わなくて当然な気がする。
人は人、自分は自分。
うーん。
障害、異常。
人に対して使う異常って言葉が障害って言葉に代わる日も遠くなかろうな。
それでいいとは思うけど。
でも個人的には理解しかねる。いきなり友達とかにこういう願望があるんだって告白されても、そうなんだ、とは言えなさそう。
自分の中から差別心を無くすのって難しいもんだね。
245だけど、
なんか前の書き込みは書いてるうちに
だんだん何が言いたいのかわかんなくなって
あんな事書いてしまったんだけど、
言いたいことは、差別とか偏見って、常識が強い人ほどその呪縛から逃げられないんじゃないかな・・・・って事なんだ
常識って曲者だから、それにとらわれすぎないように気をつけようぜって言いたかったんだ
劉邦の嫁さんの話はまだ出てきてませんね。
「漢の高祖・劉邦の死後、それまで寵愛を受けてきた威(せき)夫人は、正妻の呂后により凄まじい拷問を受ける。
ついには両手足を切断され、耳を焼かれ、眼球をくり抜かれ、舌を抜かれ、のどを潰された状態で便所に捨てられたという。有名な「人豚」の事件。」
げに女の嫉妬は恐ろしや。史実に残る猛烈なSM話、というのが通常の見方なのだが、ひょっとしたら…
「お願い、呂后サマ!もう、…我慢できないの。
切って…ああ、手も足も、全部切ってちょうだい!
愛するあなた様の手で…早く、はやくぅ!」
「わかったわ…わらわの可愛い威ちゃん…
望み通りに、めっちゃめちゃに切り刻んでア・ゲ・ル。
あああ~~ゾクゾクするゥ!!」
…実はお互い趣味がピッタリ合致したため、ってなことだったかも知れない。
んな訳ないか。
古くて恐縮だが、「鋼鉄ジーグ」の人形を両手足がとれたダルマ状態にしたものや、テリーマンの両手が無くなった画を見て、妙に欲情したものだった。
>>243
確かに。
自分も「性的欲求」と「違和感」というか「切断願望」がないまぜになったコメントを書きました。
別次元であるはずなのも理屈ではわかってるんですが、自分の感情の中ではやはりないまぜになってるんです。
自分は(少なくとも四肢に関しては)「違和感」はないので、ちょっと違うのかもしれませんが、「この脚がこの辺りで切断されていたら~」と思うと欲情します。
脚とまで言わなくとも、手足の指でもいいな~と思います。もう少し分別がなかったら、あるいは少なくとも9本の指が必要な管楽器奏者でなかったら、手の指の1本くらいアンピュしていたかもしれません。
大学院生で脳神経の研究に関わっています。脳の認知機能は私の専門ではありませんが、やはり彼らは脳のレベルで「普通の人」とは異なっているのではないでしょうか。
ただし、体についた異物を排除したい、という欲求は通常の反応だと思います。カサブタができた時、剥がしたらまた出血したり傷跡が残ったりするかもしれない、でも剥がしたい、という体験は多くの人が記憶にあるでしょう。
では、なぜ自分の体を異物と認識するのか。これも、誰でもあるような具体例を挙げることができます。麻酔を受けたり、手や足がしびれたりして皮膚の感覚が失われた時の事を考えてみてください。自分で動かす事はできるのに、触られても何も感じない。するとまるで自分のものではないように思えてくるのです。そんな時、自分でその部分を傷つけてみたこと、ありませんか。
私の考えでは、彼らは、日常的にこうした体性感覚の麻痺のような症状を体験していたのだと思います。自分のものではない→排除したい。
このような、現実とは異なる感覚を、脳への刺激によって体験する、ということは昔から実験で行われてきました。(2002年natureに掲載された幽体離脱の論文は、なかでも興味深いものです。)身体同一性障害の方は、小さい頃に頭を打つなどして、感覚に関わる部位に損傷を受けたのかもしれません。
もっとも私自身、中学生の頃に自分の親指の爪を自分で剥がし、友人に得意げに見せていました。気持ち悪いと言われて初めて指を絆創膏で隠すようになりました。生まれつきの性癖、もあるかもしれません。
私は、精神病と脳のつながりを本気で研究したいと思っています。そのうち、精神病の患者に「あんたは脳のここがイカれているよ」と告げられる世の中が来るでしょう。…しかし、それを治す薬が開発されるのは、そのずっと後になるでしょう。
失礼とか気狂いとか本気でキレてる奴のほうが異常に思う。
自分は自分、他人は他人だろ。感情移入しすぎだよ。良く言えば情熱家?なんか見てて暑苦しい。
世の中少数派は病気扱いだよな。どうでも良いけど。どうせ平均7~80年しか生きないし。好きにやろうぜ好きに。
手足が無い人にしてみれば腹立たしく思うだろうな。
と思ったけど、考えてみれば逆も成立するよな。
例えば自分の頭から3本目の手が生えてるとして、
「もう一本手があるなんて羨ましい、切除するなんてとんでもない」
って言われたらキレるべ。
イヤミのつもりで1000へぇなんて書いちゃったら真面目なお答えを返されたので僕もちょっと真面目に。246です。
常識と偏見ってのは全く別物です。常識にマイノリティーもマジョリティーもクソも無いし、常識が偏見を生むわけでもないし、常識は別に強要されるものでもない。常識は人間が人間でいるために守る掟のようなものです。人間でいたかったら常識人でありなさい、って事です。ご存知のようにマジョリティーにも非常識人はいるし、マイノリティー、って言うと語弊がありますが、前にバイトしてたスーパーには、障害者の万引き魔だっていました。だからってそれで全体を判断できるわけではない。
偏見ってのはまあ、外見や肩書きで人を判断するな、ってトコか。
ただ、これの例外は、本人がそう判断されたくってそういう格好をしている場合です。ヤクザが怖い外見だったり、女子小学生がわざわざ手首に包帯を巻いて登校するってな事がいい例です。
で、この記事の人達がどっちの人なのかどうかは、パソコンを覗いてるだけでは判断はつきかねます。もし、この人達が単なるそこらの自称プチキチガイさん達の過激版で、「いやぁー、この腕なんだけどさ、なんか違和感あったから切っちゃったんだよ。俺ってヤバイよね~」なんて言ってきたらこれはもうドン引きモノです。絶対友達にはなりたくありません。ただ、この人達が普通に障害者(なんか変な言葉だ)だった場合、理解不能ではあったとしてもそれだけで「キモっ」なんて言ってしまえば、そいつぁ偏見です。
エクスタシー云々については、少なくとも彼等本人についてはココでは書かれていないので判断できる事ではないです。ただ、「デス・パフォーマンス」なんかでもそうですが、アンピュティ愛好家の性癖と一緒に載せてしまうのは、もし根拠ナシでやっているのであれば、それだけでもう超ハイレベルな偏見と言えるのではないでしょうか。ロリコンがいるから小学生はみんな変態ってレベルの。だったら裁判沙汰ですね、絶対。
あー、堅くて長い文章チカレタ。
三連カキコゴメーーーーーーーーン!
マジョリティの共有する知識が常識、ってなるのは、自分の知ってる事はみんな知ってると思いこんでるバカタレが多くて、そういう奴らが単に「常識」って言葉を使ってるんだけなんだぜーってつもりで文章書いたのよ。そんで寝ようとしたらえらい事思い出しちゃった。
「デス・パフォーマンス」ってのは本の名前です。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4807400096/qid%3D1113069192/250-1821060-7646626
ゴメンなさい。
無知なコメントで申し訳ないですが…。
「性欲的欲求」と「違和感」という根本が別次元のもので在るにしても、「議論」として「四肢切断における欲求行為(己であれ、他であれ)」に関しては同一に見え、議論としてのみ挙げるのであればそれで良いと思います。
「なんとなく」であれ、その気持ちが判るのであれば、医療に携わる方でない限り、それで良いと思います。
規格外の者、他と違う事によって得る恍惚、在る筈の物が無い事からくる興奮、複雑な精神構造から影響され成り立つ癖、それら「異常」と指されるものは共有できる者にしか判らないでしょうし。
BIIDについては「脳(精神的なもの)の障害」に思いました。
神経等は存在するので動かす事は出来ても、「そこに常時存在する」という意識的な認識が欠如・欠落している様に感じられましたが。
ですが切断部分が、「腿」というのは理解できる気がします。
これはBIIDであれ、四肢切断愛者であれ。
240さんの仰るように性同一性障害者が異常だと、俺は思いません。確かに性的(性別・性欲含む)では異常かも知れませんが、「常識」「偏見」という社会的意味では、何も知らず・考えず生きてきた人よりも余程、頭の回転も良く、間も心得、謙虚で、人の痛みが判るように考えて生きている方が多いように思います。
ちなみに俺は身体的に健常者です。精神的にはやや正常を嫌う傾向にありますが、どこも切断してませんし、四肢切断愛者でも性同一性障害者でもありませんので、何かお気に触る文言ありましたら申し訳ありません。m(_ _)m
分類がどうたら、という話を見ますが、境界線をどうひけばいいのやら・・・
かさぶたをはがしたくなる、ということを例にあげてらっしゃる方もいましたし、それぐらいなら多くの人が経験したことのある共通しているものなんでしょうけど。四肢の切断をまるっきりその延長線上においてしまっていいのか、よくわかりませんが。
年頃のメスですが、性転換手術を受けて男性としての性行為に挑む夢を見たりします。単純の性欲の問題なのかも分かりませんが。。。指に関節がもっと沢山あったらいいな、とか考えることもしばしば。
>>255さん
面白い話をありがとう。麻酔の話はすごくよくわかります。確かに歯医者さんで麻酔なんかかけられるとその部分を自分で噛みたくなったりすることがあります。
>身体同一性障害の方は、小さい頃に頭を打つなどして、
>感覚に関わる部位に損傷を受けたのかもしれません。
本文の中の松葉杖の話と照らし合わせると、もしかしたら直接的な怪我じゃなくて、精神的な刺激でも同じような同じような効果があるのかもしれないですね。
>>255
「かさぶた」説、興味深く読みました。
自分もすぐにかさぶたを剥がしてしまいます。まだ早いな、今剥がすと出血するぞ~とわかっていてもやらずにいられない。
他人もみなそのようなものだと思っていましたら、積極的にかさぶたを剥がそうとする自分に「やめなよ~」「もっと待てばきれいに取れるよ~」「気持ち悪~い」とまったく理解できない様子の友人に対し、不思議な気持ちを抱いたものでした。
かさぶたレベルとは比べ物になりませんが、この理解のできなさ加減はある種似たものを感じますね。
幼い頃からの願望で体の一部を病院で摘出したんだけど
また切除したい部分がでてきた、おかしなことだと思うけど
日々願望に悩まされている
多分、幼少期の頃の出来事が原因なのかなって思う、
でも、小6ぐらいからしか記憶が無く、親に聞いても「普通の
子だったよ」としかいってくれない
誰か同じような人いる?
「醜形障害」なんてあるって知らなかった、
でも、これに近いかも。
今気づいた感情。
262が反論してくれる人だったことに感謝。
おれが反論してもらえる人間だった事に感激。
今度はイヤミじゃないぜ。おいら腹から言ってるぜ。思い過ごしそれもまた良し。
自分は指だからまた違うのかな。小指いらん。
ピアノとかワープロとか、五指がなければ成り立たないものを日常に取り入れてごまかしてる状態。
こう感じるようになった理由はけっこう明確だから(幼少時の話)悩んではいないけど。
子供に違和感を引き立たせるものを見せてはいけない理由が見えてきたようで、この先の研究に期待。
>>271
そうだな、違うっちゃあ違うね、俺はさぁ、子供のころすごい
太ってて、その頃から自分醜いとか、汚いって思うようになり
それを今、大人になっていろいろ体をいじくることで普通の体
にもどそうとしてる。
>>272
俺の小6の時の担任なんだけど小指がなかったんだよね、
あの頃は、ただ指がない人としか思ってなかったけど、今思うとあの時見たものを今もひきずっているのかもしれない。
体験談ひとつ:GIDなんでアンピュとは違うのですが、ちょうど1年前胸を平らにしました。表面はほぼそのままで中の組織を取ってしまうわけだから、しばらく腹帯の胸用みたいなものでズレてこないように圧迫するんですね~オペ後ほぼ1ヶ月でようやく抜糸して圧迫も取れた時、平らになった胸に直に触るシャツの感触に欲情しました。
そっとその胸に触ってみたら、下半身はまだ手をつけてないのでモノはありませんが、ホルモンのせいでかなり立派になった(モノになる予定の)モノが立ってました。
今は自分の胸としての感触として違和感なくなってしまったせいか(たぶんオペ後の触覚などの感覚が正常になったことと慣れたことの両方で)特別になにも感じませんが、今でもあの興奮は忘れられません。
いずれ下半身も作る予定ですが、男性でモノを失くしてしまった人のオペの方法の1つに足の親指を切断して先っちょにつけるというのがあり(自分はその方法は適応でないと思いますが)そのオペを受けた自分を想像するとやはり欲情します。
たぶん二重の意味で…
長文失礼。
なんだろう。私は昔、対人恐怖症と境界例人格障害、強迫神経症(境界例に含まれますが)でかなり悩んでいました。それで自分が一重瞼であることに物凄いコンプレックスがありました。「きっとこの瞼を二重にしたら自分の精神的な病は治る!」「変な緊張をせず、人に嘲笑されているんじゃないかとか思わすに歩ける」と思い続けていました。
それである日、二重瞼に整形をしました。した時は「これで二重にもなったし、精神的な病も治った!」と喜びました。
しかし、結局変わったのは外見(瞼が二重になったという事)だけで、心の病は解決されずに未だに通院しています。
これとよく似た感じなのかな…。違うのかな。もし、同じだとすれば、まず先に外見より内側を治療しなくてはいけないのかも知れませんね…。
>>280
胸欲しいってずいぶん言われたな~
結構大きかったからね~
あげられるものならあげたかった…こちらでいらないものがどこかで役に立つならそれに越したことはないからね。
初めてこの記事見たけど
自分は異常というか、障害ってやつなのかもしれないな
1.四肢が切断された人間に対して性的興奮を覚える症状
というのが俺に当てはまる。なんか見ていると興奮(性的ではないと思う)する
さらに、4.四肢切断に対し、欲望と交錯した不安を感じ、またそれを他者に知られ(以下略
とかすごく当てはまるし
なんか、気持ちは分かる気がした。
私は手足じゃないけど、子供の頃から体のある部分をずっと異常だと思いつづけ、大人になって稼げるようになったら、絶対誰にも知られないように手術して、切り落とそうと思ってた。もの凄く現実的に、いつどうやって、と細かく計画を練っていたし。
今はそんな事しなくても正常だという事が分かって、そんな願望も無くなりましたけど。
私はピアス&タトゥーマニアなんだけど、私の欲求は「自分の体に何かを付け加えたい」こと。
ここに書かれてる事とは全く反対なんだけど、私みたいなのもそのうち「○○障害」とか呼ばれちゃうのかな。
ちょっと話が違う方向に行ったら申し訳ないんだけど、
胸を平らにした時に、乳首と乳輪も小さくしてもらったんだけど(男にしては大きいので)あまり綺麗にできなくて、特に乳首はまったくなくなっちゃったんだよね。(要するに平らな乳輪状態)
元の胸が大きいとそういうことがあるとDr.は言うのだけど、Tシャツ直に着るだけでも不自然さはないのですぐにどうこうしようとは思わないけど、いずれ他のやるべきオペが済んだら最後に作り直せないかな~と最近まで思ってた。(Dr.はなんとかできるとは言っていた)
ここの掲示板でも居たような気がする(見つけることができない…)のですが、乳首切除(っていうのかな?Nippleremoval)の画像を見ていたら、乳首どころか乳輪のない胸もいいかな~なんて思えてきた(できるかどうかは知らんが)
こういうのって段々深まっていくような気がしてきたな~
美容整形で肋骨抜くって話もあるしね……
首が長いほうが美しいとか
足が小さい方が美しいとか(纏足ね)
ある部分の皮は無い方が正しいとか(割礼ね)
永久脱毛とか
わりと「元に戻せない状態にまで身体をいじる文化」
ってのはあれこれあるやね
こういう人ばかりがいる村、とかできると一つの文化として
(納得はしないままでも)保護してもらえるようになるかもしれん。
首狩族や人食い族はダメでも、首長族は「折れちゃうよ!
やめようよ!」という人は(あまり)いないよな?
まぁ、「そういう文化が広まったら文明社会の危機だから
広まる前に刈っちゃおう」って考えも理解できるが。
#例えばほぼ安全な切断と回復の技術ができたとして、
#安価に完全開放しちゃったら、
#「街中に四肢が多い人と少ない人が大勢歩き回ってる社会」
#が来るのはちょっと怖い気がする。論理的じゃなくて生理的に。
趣味、障害なんだからしょうがない
でもそれが広く浸透していくことを想像すると恐ろしい
マイノリティーなことだからこそ快感なんだとしたらそれはないかもしれないけど
こういうの趣味や障害に理由はないのかもしれないけど、やっぱり「どうしてだ?」って探ってしまうのが人間なんでしょうね
手足がうっとうしく感じるというのと、自分は無抵抗なんだっていう感じが物凄く遠くまでエスカレートしちゃったんじゃないかなと思います
「気持ち悪いなんていったら障害の人がかわいそうだし、理解がない人間だ」というような感じの意見について思うのは、自分の持っている領域に変な角度から入ってこられるような感じがして拒絶をしてしまう それも仕方がない気がしますよね
相対的な見方を心がけようとすると、つまんないんだけどね なんか
>289
首長族は首が長いんじゃなくて、わっかの重みで肩が下がるだけ。
究極のなで肩ってこと。
人食い族も首かりぞくも今や映画の話。
もし、明日いきなり背中の真中から余分な手が生えてきたら
「いらね~」って思うだろう。そういう感じなのかな?
と考えると理解できなくもない。
事故とか病気で手足を失った人に移植出来ればいいのにね。
BJがいれば出来るんだろうな。
久々にここに来たな・・・。
>>22
なんか、漏れもそんなものがあるwww
手足の無い女の方が興奮するよww
思わずハアハアするwwww
こんな考え持つのは漏れだけかと思ったら案外、同じ考えを持つ香具師がいるんだなwwwwwwwww
正直、少しホッとした
両足切断あこがれます。
突然の事故とかで両足切断になったらいいなて思います。
でも、下腿切断じゃダメです。大腿です。
別に、切断した子とやりたい、とかじゃなくて、
自分が切断だったら、て思います。
私も両手両足の切断手術を受けたいわ、それも麻酔無しで根元から。まず両上腕部と両大腿部をゴム管の止血帯できつく縛り、私の体は激痛にのた打ち回らないように、手術台に革のベルトでしっかり固定し、口にはゴム製の猿ぐつわを噛ませ、舌を噛み切らないように準備をします。
そしていよいよ手術が始まります。四人の外科医が同時に私の両腕両足を医療用のノコギリでじわりじわりと切断し始めます。私は激痛に襲われながらもじっと耐え続け、やがて切り落とされた切断面に真っ赤に焼けた焼き鏝をジューと煙と共に押し付けます。普通の医療機関では絶対に受け付けてくれないと思うけれど、ああ、切断したい。
以後の人生は両手両足とも義手に義足の生活を送ります。私は半袖短パン姿で町中の人に自分の不自由な体を見せ付けます。ああああ、義手と義足の生活って、してみたい。ああ、興奮してきた。
四肢切断欲求のある人も性同一性障害の人も頭固いと思うなぁ。
こう言ったらアレだけど、体が女で中身が男だったら銭湯とかで見放題じゃん。
ホモじゃないけどおっさんに突っ込んだり突っ込まれたりするのも気持ち良さそうだと思うし。
胸を取っちゃった人が平らな胸に欲情したってあったけど、
それはどういう立場で何に対して欲情したの?
男として男の体に興奮したのか、女として男の体に興奮したのか、人として以前とは違う体に興奮したのか。
有る物が無いというのに興奮したってのが一番理解できないなぁ。
てゆーか、今あるものを受け入れて有効に活用するってゆー考えは無いの?
有ったって無くなって在るがままでいいじゃん。
そうね、あなたの言っていることも良く解るんだけど・・・。
私の場合は切断手術に伴う激痛にとっても憧れるの。自分の四肢の切断創からの出血で手術台のビニールレザーはぬるぬるの「血の海」状態。その血の海の中で悶えるのを想像するだけでもとっても感じちゃうの。まあ、普通の方には理解し難いことだと思うけど。だから海外へ行ってでも良いから手術を受けたいの。それも絶対に麻酔無しでね。
>>307
>てゆーか、今あるものを受け入れて有効に活用するってゆー考えは無いの?
無いです。っていうか、30年以上「今あるものを受け入れて有効に活用しよう」として、それがうまくいかずにうつ病になるわ、色々なところで破綻をきたしてしまった。
身体を変えることにしたら(まったく問題なし~とは言わないが)かなり困難が減りました。
どうやらその方が簡単らしいです。
頭固いのかもしれないけど、それが何とかなるようなら今の医療ももっと別の治療法(考え方を変えさせるような)編み出してたと思いますよ。手術するよりはリスク少なそうだもん。
ちなみに平らになった胸に欲情したのは、何に対してどういう立場で欲情したのかは自分でも不明です。
自分でも変態かと思いました。
307を読み直してみると自分も頭固かったみたい。
>308
「(普通の)人以外のモノになりたい」という感じでしょうか。
>309
自分の気持ち次第だとわかっていても、なぜ自分の気持ちがそうなっているか分からない事に気づくと
わけわかんなくなりそーね。これがどうにもならないって事かな。
誰でも、心と体の一致を少なからず目指してるんだろうけど、
それが心から歩み寄るか、体からかの違いだけって事だよね。
そう考えると実際に行動を起こした>309はとても前向きだなぁと思いマシタ。
そうね、私も普通の人から見たら充分変態だわね。でも四肢を切り落とし両手両足が義肢の状態を考えてみて、義手と義足をはずしたら、もう自分では何も出来ない。全て相手の思い通りの玩具になる。これって究極の「受身」だと思わない?私にとってそれが理想なの。現実にこんな無麻酔の四肢切断手術を受けたら、失血死よりショック死するかも、でも私はそれでもいいの。多分判らないでしょうね、この気持ち。
>253さんのテリー発言で思い出しました。
コミックス版でテリーは最初の超人五輪終了後左足をなくしてます。その様子がこの記事の
>そしてそれらの切断候補のうち最も多いのは、左足の膝上からで、
と言う箇所に当てはまるような…
レスも落ち着いちゃったけど、
>310、読んでくれるかな?
309書いた後、ちょっと後悔したんです。挑発に乗っちゃったかな~って。
ちょっと話がそれて申し訳ないけど、
自分がGIDだって話をすると、307みたいな反応が少なくないです。「そうじゃないんだよ」っていうのに疲れてしまうほど。
っていうより、自分でも「なんで発想変えられないんだろう?あるがままを受け入れられないんだろう?」ってそう思って苦しみ続けてた。
だから「変えればいいんじゃん」って思えた時(っていうより、そういう発想もアリなんだ」って思えた時、やっと自分の人生のいろんなことに対して前向きに考えられるようになった。
現在は自分が何を求めているかがハッキリわかったから、307のような意見に対して「(少なくとも自分は)そうではないんだ」と言うことができる。
でも、310読んで、ちょっと嬉しくなった。
307のような発言をした人が310のように考えてくれた柔軟さというか、頑なでないところに好感が持てたし、(自戒もこめて)四肢切断願望というようなある種過激な発想に対しても、逆に望まずに切断せざるを得なくて不便を感じている人に対しても、幅広い見方ができるようになりたいと思った。
それにしても自分のC85の胸がすっかり平らになったことに欲情した自分が、女性のふくよかな胸をモミたい~と想像して欲情するこの不思議な体験に我ながら理解不能です。
最近は四肢切断オペの画像(静止または動画)を見ながらひとりでイッてる自分も、これまた変態か~?と少々困惑気味…
>>315
(少なくとも日本では)効くわけない。
性別変更するには手術が必須というのに、その手術にも健康保険が効かないんだから~
でも事故を装ったらそりゃわからんわな。
でもそれなら自殺未遂や自傷行為も同じやね。
靠,这么牛b,我不懂日语,嘿嘿,虽然我学了两年日语,但我非要用中文留言.
ゎたしゎ,ちょうりっい!
开玩笑,很矛盾吧。有点智慧的人记得找我。
中国北京丰台区夏家胡同
22歳男の、LAKに対する、Devoteeであり、Wannabeです。
厨房の頃、LAKの若い女性を偶然見たのが始まりで、LAKに憧れ、
自分もなりたいと、意図的に右足だけを鍛えるようになり、工房を卒業する頃ははっきりと左右の脚の太さが違ってました。そして、
ホームセンターでロフストランドクラッチを購入し、擬似体験をするように
なりました。それは、左足を折り曲げてゴムバンド等で固定し、
そのままカーゴ・ショーツをはいて右足だけにトレッキング・
シューズをはきクラッチをついて歩くのです。一見すると左脚が膝から無いように見えます。でも、疑似体験ではものたりないので早く本当のLAKになりたいです。同じ思いの人、いませんか。
すると、「私は眼でものが見えるのに、違和感があるので、
両眼を摘出して欲しい」とか、「音が聞こえて違和感があるので、聴力を取り除いてほしい」なんてのが、いそうだな。
そして、究極は、「私の心臓の鼓動に違和感が・・・」
ドン引きです。
が、世の中には四肢切断に憧れる人もいるんだなー、不思議なこともあるもんだと思いました。
腕切りたい人が、腕欲しい人に譲られたらいいのに、と短絡的にも考えてしまったが、それもまた色々と問題がでたりするんだろうな。
実際にそうならないとわかんないもんねぇ。
顔いらないとかも、ある?
>>318の22歳の人
すごい気持ちわかる!!自分も高校のときホームセンターで松葉杖を買った。今も愛用しています。
今度は車椅子を買います。
自分が「普通」「なんとも思わない」「萌える」って思っててやってることが、他人にとっちゃ気持ち悪いになりうる事もある。
ただ、「普通」「なんとも思わない」「萌える」と思う人が少数派なだけ。
脚フェチきもい って人も居るだろうさね。
こういう人たちのことを悪く言うのは自分の悪口の延長にあるものと思ってます。
そういう俺も微障害者('∀`)
まぁ、同人誌とかでもよくある束縛プレイは、無抵抗だから萌えるのか・・・で、これも無抵抗だから萌えなのか・・・・。
って事ですか??
俺は元々整形、性転換手術容認派だったが、これを見て考えが変わった。レベルが違うと言う人もいるだろうが、結局は五十歩百歩だ。
本人が望んでいるからといって、健康な身体を好き勝手いじるのはそうそう見過ごせるものではない。四肢切断をして後悔しないのか?と言うのなら、性転換手術をして後悔しないのか?とも言えるわけだし。
>>327
詳細求む
なぜ容認派だったの?なぜ考えが変わったの?どこが五十歩日百歩なの?
もう少し詳しくお願いします。
元々容認派だったのは、やはり本人が望んでいるのだからそういうのは差別せずに受け入れ、願望をかなえてあげるのが正しいとおもっていたから。だけど、この記事を見て考えが変わった。
本人の身体だからといって何をしてもいいわけではない。倫理的な問題もある。結局、この四肢切断願望と同じく、自らの身体を弄繰り回そうとしていることには変わらない。整形手術も性転換手術も、行き着くところまで行けば四肢切断手術を行うのと差があるとは思えない。
もう話されていないトピックのようですが、興味深いので、コメントします。
僕は、性同一性障害者です。
女体で生まれ、女子として扱われ、小さな頃からそれが不思議で不思議で仕方なかった。まじめに、大きくなったら自然と男の体に戻るんだろうと思ってました。そうじゃなければ、男の自分が女体のままなのは、絶対に「おかしい」かったから。
僕は手術をして男として生きるにつれ、親や、友人や、社会的身分を失った。けれど、大事なそれらを持ってしても耐え難い程の違和感が緩和された今、自分は生きているのだと実感できる。自分でもどうしてかはわからない。医学的には先天的な脳異常だとか、遺伝だとか言われているけれど、そんなことは僕にとってどうでもいい。四肢切断者の人たちの記事を見て、はじめは驚いたけれど、もし彼らも僕のような強い違和感があるのなら…と考えると、少し共感できた。(そういう意味で「似ている」と言われてるのかもしれない)
ちなみに僕は、上で話されてるGIDの方のようなオペ後の自分の体への性欲は感じないので良く分かりません。
四肢切断者の人たちも同じ当事者の中でズレがあるんじゃないかな。それだけ人間は多様なんでしょうね。
とりあえずコメントを見て思った。
世の中色々な人がいるんだね。
・・・しかしそうなるとロリコンってのも
ある意味しかたないってことになるよなぁ・・・
でもこればっかりは犯罪になっちゃうからなぁ・・・
「極ロリの人は残念でした」・・・ってことになる。
やっぱり倫理の問題のような気がしないでもないけども
まぁこういうことが発端で殺人とかに繋がらないなら
個人の自由でよいのではないでしょうかね。
よくわからん文で申し訳。
>332に同感。
ロリが非難される理由は守るべき未成熟な子供を
大人が自分の欲望を満たすために傷つけるという
犯罪性にあると思われる。
自分の身体を生きていくために変えるのは許容範囲じゃないかなあ。
きっと進化の過程で突然変異が起きたときも
少数派は非難されたに違いない。
「お前の頭でか過ぎるよ」とか
「何でお前だけ体の色がころころ変わるんだよ」とかね。
結果的にその突然変異種が滅んだとしても、
だからと言ってその生き物が悪いわけじゃない。
記事をみると昔からある症状なんだし、
身体完全同一性障害が悪いと決め付けるのは良くないんだろうと思う。
おいら、3番目の写真のとこに書いてある『身体醜形障害』かもしれないと危惧。鏡を異様に気にする、とか、容姿を気にして出掛けられない、とかめさめさ当てはまる。
自分ではものすごい顔不細工だと思うんだけど他人に訊くとそうでもない、って言われる。みんな気を遣って嘘ついてんだと思ってたけどこれ検索してみてどうなんだろ?と思い始めた。
「そんなこと無いよ、十分可愛いじゃん」とか親友に言われても全く信じられないおいらは心が病んでますか?
ただの不細工だったらゴメンナサイ。
魂のための物理世界からの解脱。それを支える強力な脳。人間の更なる理想の追求への第一歩。
私にはそういったものが見えました。