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異星人解剖フィルムを巡るCIAとKGBの戦い

alien_autopsy1【Pravda】今からおよそ10年前、異星人の検死解剖の様子が納められた謎のフィルムが世界中を席巻したことを覚えているだろうか。そのフィルムは1947年、UFO墜落事件の際に現場から回収された異星人の死骸 - 作り物にしては余りにも精巧に出来た - を白衣の男たちが解剖するかの有名なフィルムである。「あのフィルム、カメラ、解剖道具、あれらはすべて本物です。米政府はあのフィルムを必死になって作り物であると隠蔽に努めましたが、失敗に終わったんです。」そう語るのはロシアのUFO協会議長ボルス・シュリノフ氏である。シュリノフ氏はそれまで長年に渡ってUFOにまつわる証拠を収集し続けてきたが、その中にある一本のフィルムがある。それは米政府がそうした事件を紛らすためにでっち上げた、ロシアで行われた宇宙人解剖のフィルムである。「それはまるでジェームズ・ボンドのような馬鹿げたものでした。UFOがソビエト連邦の中で墜落し、KGB(旧ソ連の諜報機関)が隠している。しかし、それをある勇敢なアメリカ人がロシア人から買い取り、公に発表したというんです。」(異星人解剖フィルムの様子)

alien_autopsy2「そのフィルムによれば1968年11月、スベルドルブスク付近にUFOが墜落し、1969年3月にそれをKGBが発見、周囲を封鎖するというものでした。私はすぐにフィルムを調査しましたが、それが完全に捏造であることはすぐに分かりました。フィルムは1998年、モスクワはアラビノのMosfilm社で作られ、お粗末なことに円盤は発砲スチロールで作られていたんです。更にフィルムの中における"異星人の解剖"がモスクワの医学大学で行われたことも突き止めました。実際に作り物の異星人が寝かせられていた机もそのまま残っていました(映像の様子)。

それから私はUFOの国際会議で米国によるこうした捏造、そして隠蔽に携わった重要人物、米国のUFO研究家ポール・ストンヒル氏を非難しました。しかし、私のそうした批判ははねのけられたんです。彼らは私のことをKGBの工作員だと呼び、ストンヒル氏がユダヤ人であることを理由に、私に反ユダヤ主義者のレッテルを張ったんです。」

更にシュリノフ氏は、「UFOにまつわる95%の話は嘘であるが、そこには真実も存在している」と語る。

「アメリカはまず、1940年代にこうした問題に突き当たりました。その頃ルーズベルト大統領はある一通の緊急空襲警告を受けました。2月25日、ロサンジェルス上空に多数の飛行物体が飛来したんです。米空軍はそれを日本軍の爆撃機だとみなして攻撃を開始しました。しかし、米空軍の反撃は一発として彼らの機体をかすることも出来なかったんです。そして1947年には全米で凡そ850件のUFO目撃が記録されました。それからアメリカはソビエト連邦が新型の飛行機をテストしていると踏んで、ソ連を糾弾したわけです。しかし当時のソ連副領事はそうした事実を否定し、「他の国の領空でテスト飛行などしない、ソ連には軍事テストに十分な領域を持っている」とした声明を発表したんです。

しかしその頃から、UFOが世間的にも話題となり、多くの「UFO専門家」がたくさんの嘘話を捏造しはじめたわけです。また更に情報が不足しているためにそうした嘘話と本物の話を見極めることは本当に難しくなりました。

そして1981年にはフランスのTrans-an-ProvanceにUFOが着陸するという事件が発生しました。物体は着陸し、しばらくしてまた離陸したんです。そして目撃した農民がその事を当局に通報するなり、トゥールーズの宇宙センターから専門家が派遣されました。彼らは着陸地点からサンプルを持ち帰り、5つに分けてそれぞれ違う研究所に分析を依頼したんです。私はその分析結果の概要を見ましたが、結局その報告書自体は世間に発表されることはありませんでした。しかし、いずれの研究所の結果報告も結論として自然現象では説明がつかない影響が現れているとされていたんです。

そしてその後、米国のコロラド大学にて米空軍の指揮のもと、大規模なUFO研究(通称:コンドン委員会)が行われました。その際コロラド大学側の長官は著名な物理学者のエドワード・コンドンです。コンドンは研究発表(コンドン報告)のはじめに、まず、物体が地球外で作られた証拠を発見することは出来なかった、と記しています。その後報告書では千ページ以上に渡ってUFOの存在を否定していますが、中には彼が無視できたであろうにも関わらず、いくつかのUFOの存在をほのめかす文書も含まれていたんです。例えば1947年にトウィニング将軍によってサインされた機密文書があります。そこには円盤型の飛行物体が上空を飛行し、空軍の勧告を無視して飛び続けたというものがありました。

私としてはコンドンがこうしたレポートを無視せずに報告書に記述した理由は、おそらく、もし将来UFOが現実に飛来した場合を想定して、自分の行った研究の責任として次の世代の為に報告書に残したのではないかと思います。またこういった理由から彼の報告書の中にはいくつかの説明不可能な目撃現象についての記述が含まれています。従って、このコンドンの残した膨大な報告書全てに目を通せば、彼がいったい何を言いたかったのか、答えは明らかです。"それは存在している"ということに他なりません。

私は多くの科学者がこうした"空飛ぶ円盤"に興味がないのは、おそらくそこには嘘が多すぎ、本当の情報が埋もれてしまっているからだと思います。例えば実際には軍のモニターはしばしばこうした未確認飛行物体を捉えていますが、請われない限り、軍はそうしたケースをいちいち科学アカデミーに公表しないわけです。」シュリノフ氏は語った。

【参考1】UFO資料室──UFO関連の学術的資料を公開 | その後の「宇宙人解剖フィルム」 | ロズウェルの残照 | The Trans-en-Province, France Saucer Landing, January 8, 1981

【参考2】人類はなぜUFOと遭遇するのか | 未確認飛行物体の科学的研究(コンドン報告)

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