ご無沙汰しております。いつか探検家イリオンが見た夢の跡を追い続けること早一ヶ月、9月26日に香港入りし、開園まもなく早速中国人旅行者の痰にまみれたディズニーランド、世界で唯一パンダが抱けるという成都のパンダ研究基地(し かし時期的な問題でパンダ抱けず)といったチェックポイントを経て、中国、チベットと視察を続けるまま、現在、エヴェレストを目前に望むヒマラヤの麓、ネ パールに到達致しました。当初の計画では、イリオンが命懸けで綴ったキーワードを元に鋭く、コンパクトにアジア周辺を探索する予定だったのですが、....
【参考1】”・・・レーリッヒは、ある「谷」まできて、ラサからの命令によりそれ以上進むことができなくなる。一行は、真冬の五ヶ月間をそこで過ごすことを強いられ、大部分の者が飢えと寒さで悲惨な死を遂げた。マハトマは助けにこなかった。なぜ、この「谷」に入ることを禁じられたのだろうか?この谷こそ、イリオンが入った地下都市への入口、サンポ渓谷だったのだろうか?わたしは、レーリッヒの息子ゲオルゲ・レーリッヒがまとめた"Journal of Ursvati"(Roerich Museum 1932)に、この谷について興味深い記録を発見した。1627年、ス....